大空が魔装を手に入れてから数日。その間にも、三人はいくつかの依頼を受けた。そのほとんどが採取の依頼だったこともあり、大空が魔装を使いこなすことができるようになっているのかはわからない。
 一度、小町が椿にどうだろうね。と、言ってみたところ、魔術師のように生まれつき魔力が流動しているわけでもない人間が、魔力の動きを理解するのは難しい。との答えが返ってきた。詳しいことを聞こうとしたが、椿自身ま魔力の動きが理解できないという感覚がわからないらしく、細かなところはわからないと言う。
 結局は、大空の自己申告によってのみ、経過がわかるというのが現状だ。
 ちなみに、小町自身が尋ねるという方法は、魔装を手に入れた次の日に、しつこく尋ねすぎてしまったため、もう使えない。口にすれば、大空がナイフを投げてくること間違いなし。命は取られないと信じているが、怪我くらいならばしかねない。
「今日は盗賊退治だよ」
 いつも通り依頼選びに参加しなかった椿に小町が告げる。
「最近、盗賊連中の動きが活発になってるからな。
 他の奴らにも似たような依頼が多く回ってきてるらしい」
 大空が言う。
 彼も盗賊だ。ならば、同じ盗賊を捕まえることは心苦しいのではないかと小町は思う。この国では、盗賊の存在が認められているとはいえ、大切な物を盗まれれば人は怒るし、彼らは目的のために人を傷つけることもある。
 そういった連中を小町は許せないが、その一方で大空と共にいることによって、盗賊の誇りというものもわかってきた。
「……何だよ」
 戸惑うような小町の視線に気づき、首を傾げる。
「言っておくが、オレはこいつらに同情なんかしないし、罪悪感なんて微塵も感じないぞ」
「そうなの?」
 大空が頷く。
「依頼になるってことは、仕事が下手な証だ。
 本物の盗賊は仲間内にしか誰がやったかわらかないようにするもんだ」
 ギルドに登録している盗賊も多いが、彼らも情報を集めるときに必要な信用を失くすまいと、盗賊内部の情報は外に漏らさない。そうやって、優秀な盗賊は、独自のネットワーク内でのみ有名になっていくのだという。
 大空は少しばかり外にも名が知られているが、それ以上に盗賊内での評価の方が高い。
「じゃあ、さっさとその下手くそを退治しに行くわよ」
 椿が先陣を切って、依頼内容に書かれている出没場所へと向かう。
 移動手段が徒歩のみなので、彼らはあまり遠くには赴かない。街からほど近い、しかし、一般人はそうそう寄り付くことのない場所まで進む。馬車を借りるなどの手段もあるが、出費になる上に何かあった場合には守りながら戦わなくてはならない。三人にとってはトラウマものの話でもあるし、何よりも守るということは得意ではない。
「盗賊って、思ってるよりもたくさんいるんだね」
 道中、小町が言う。これはお約束でもあり、目的地に向かう際は彼女が饒舌に言葉を紡ぎ、大空や椿はその返事をする程度だ。今回は大空が返事をした。
「普通は潜んでるからな。こういうときでもないと、中々目につかないだろうよ」
 全体的な割合を見えれば、戦士系統の職についている者の方が多いだろう。だが、ついで盗賊が多いことも間違いない。
 魔術師のように先天的な素質が必要なわけでもなく、一度の仕事で大金を得る可能性もある職だ。ある意味では男のロマンとも言える。また、この国では盗賊の行為が現行犯でない限り咎められることもないので、盗みを働くことに罪悪感を覚えない者も多い。
「大空も、あまり姿を見せなかったんだよね?」
 風の動きすら感じない。その様子からついた二つ名が『無風』
 今でこそ、三人で動いているため姿を見ることも珍しくなくなったが、それまでは姿を見ることさえ稀だった男なのだ。
「目立ちたくなかったんだよ」
 そう言った大空の顔は、酷く苦々しげだ。
 単純に職業柄の話ではないのかもしれない。と、思わせるような顔だった。しかし、それも一瞬のことで、すぐに気だるげな仮面を一枚被る。
「まあ、普段目立つ分、ちょっと気配を消せば周りは今まで以上に気づきにくくなったけどな」
 近頃は、意識せずとも目立つので、気配を消されるとその辺りの雑草以下の存在感になる。それはそれで、仕事がしやすくなったらしい。
「盗賊の仕事もしてるの?」
 一度、マーケットの時にスリをしているところは見た。しかし、アレは盗賊の仕事というにはお粗末すぎる気がする。大空が『仕事』というのであれば、もっと大掛かりなものな気がしてならない。それこそ、どこかの屋敷に侵入していても不思議ではない。
「盗賊の仕事は夜だから被らないしな」
 その言葉で小町は確信する。
 彼は、このパーティでの仕事以外にも単独で本業をしている。
 小町にはそれを咎めることもできなければ、止めることもできない。パーティを組んでいるからといって、相手の全てを掌握できるわけではない。こちらの仕事に支障をきたしていない限り、大空が夜に何をしていようとも口を挟めない。
 大空も、小町が口を挟めないとわかっていて言葉にしたのだろう。表情は変わっていないが、どこかしてやったり顔に見える。
 無言を貫いている椿だが、彼女も時間を見て魔術師としての仕事をしているのだろう。そうでなければ、豪快な金の使い方はできない。
 しかたのないこととはいえ、このパーティの仕事しかしていない小町はため息をついた。何か他にできることを探した方がいいのかもしれないが、今のところ生活には困っていない。
「……まあ、いいか」
 そうしているうちに、小さな林にたどりつく。どうやら、今回はここで一仕事しなければならないようだ。
 木々の間はそれなりの感覚があるため、太陽の光がキラキラと地面を照らしている。仕事でなければ、楽しく散歩することもできそうな雰囲気だ。
「どの辺りにいそうだとかわからないの?」
 以前、大空は山賊の隠れ家を当てたことがある。今回もどうにかならないのかと、椿が提案をかける。
 しかし、大空は手を振る。
「無理だ。
 あの山には行ったことがあったから目星がついてただけだし、ここは山みたいに丁度良さ気な場所はない。
 たぶん、木の上に隠れ家を作ってるんじゃねーの」
 そう言われ、椿と小町は上を見上げる。
 木々は高く、人の目で隠れ家かあるか否かなど判別がつかない。一つ一つを調べて回るのは骨が折れそうだ。
 面倒くさそうに椿が杖を振っているが、まさかこの林を燃やし尽くすつもりなのだろうか。
「時間をかければ人の痕跡なんかを調べられるが」
 大空も上を見上げながら言った。だが、すぐに椿が口を開く。
「嫌よ。さっさと帰りたいわ」
「お前はそういう奴だよ」
 見事な自己中心的思考だ。
 けれども、代わりの案があるのかと問えば、首を横に振るのは目に見えている。結局、こういったときに作戦を考えるのは大空の役目とされている節がある。
「燻りだしてもいいが、後々問題になりそうだしなぁ」
 魔物が住みかを変えてしまうだとか、一部の木々が燃えカスになってしまうだとかいう問題が。
「囮とかはどう?」
 小町の提案に大空が目を丸くする。
「私の鎧と靴を変えて、剣を置いていけば強そうには見えないと思うの。
 こっそりと二人が見張っててくれれば大丈夫でしょ?」
 笑いながらも、彼女の中でその案が通ってしまっているのか、皮の鎧を脱ぎ始めている。
 たしかに、鎧を脱いでしまえば、胸宛があったとしても強そうには見えない。新米戦士が腕試しに魔物を狩りにきた程度にしか見えないだろう。
「待て待て。ここにきた時点で、向こうがオレ達に気づいてる可能性もあるんだぞ?」
「でも、優秀な盗賊はそもそも依頼書に乗らない。って、大空が言ったじゃない」
 間違いなく大空は言った。しかし、この場合は別問題だと叫びたくなったことも確かだ。
「あたしの靴履く?」
「ありがとう」
 椿がブーツを小町に渡す。サイズは合っているのか、すんなりと履けた。代わりに椿が小町の履いていたものを履くが、魔術師には不釣合いにもほどがある。二人は大空の言葉など聞く気がないようで、着々と準備を進めている。
 こうなってしまっては、言葉を紡ぐことが無駄だ。大空は諦めて、小町の剣を受け取った。
「じゃあ行ってくるね」
 小町が歩く。
 その後ろ姿は何とも弱々しい。
 彼女の後を大空が追う。気配は消している。木々の音も、風の音も彼を示さない。
 ただ一人、椿はその場に待機となった。気配を消すなどという技術が彼女にあるとは思えない。盗賊が見つかり次第、派手な音のする癇癪玉を鳴らすという。細かな位置は自分で割り出せという無茶を押し付けた。
 そのことに対して文句を言わなかったのは、あわよくば楽ができるという考えのもとに違いない。
 そんな経緯を経て、ようやく盗賊が姿を現した。
「姉ちゃん、金目のもん持ってるか?」
 突如現れた十数人の盗賊に、小町が後ずさる。反射的に腰に手をやるが、本来そこにあるはずの剣は大空の手の内だ。
 木の上からその様子を見ていた大空は、よくも自分のことを信用できるものだ。と、改めて考える。一番の武器を預け、盗賊からも助けてくれるという、痛いほどの信頼。他人を信用することが怖い椿にはピッタリのものかもしれない。だが、大空は他人を信用したくない人間だ。
 体に突き刺さる信頼が、わずらわしくもなる。
「――小町!」
 大空が木の上から躍り出る。ついでに小町の剣を投げ渡す。
「耳、塞いどけよ」
「了解!」
 小町が耳を塞ぐ。大空も素早く耳栓をつけ、癇癪玉を高らかに鳴り響かせる。
 依頼書の通りならば、ここにいる盗賊で全てのはずだ。どれだけ音を鳴らしても、こちらの動向がばれる心配をする必要がない。幸いにも、何人かの盗賊は耳を塞ぐことができなかったのか、地面に膝をついている。
「いくぞ!」
 大空の声と共に、小町が剣を抜く。
 近くにいた盗賊の短剣を払い、柄で鳩尾をつく。その一方で、大空は地面に膝をついている盗賊の首を狙い、気絶させていく。
「チッ! 野郎共! 上だ!」
 一人が叫ぶ。おそらくは、彼が頭なのだろう。
 号令と共に、意識のある盗賊達が木の幹を蹴りながら上へと逃げる。独特なその動きに、大空はともかく小町はついて行くことができない。
「燃やす?」
 ようやく現れた椿は開口一番に恐ろしいことを言う始末だ。
 大空は上を睨む。自分が追いかけたところで、全員を捕まえるのは難しい。かと言って、燃やしては問題が残り、放っておけば依頼は失敗に終わる。刹那の間思考を巡らせ、大空は行動を決める。
「オレが邪魔な枝を払うから、椿が攻撃しろ。
 小町は落ちてきた奴らの処理」
「払うって……どうするつもりよ?」
 椿の質問に、大空は行動で答えた。
 三本のナイフを同時に上へ放り投げる。垂直に飛んだナイフは、すぐに枝に囲まれて見えなくなってしまう。
「纏え旋風」
 大空が叫ぶ。
 その瞬間、椿は彼がしようとしていることを理解し、手にしていた杖を構えた。小町も同様で、剣を構えている。
 三本のナイフは、各々の旋風を一つにし、巨大な風の渦となる。まだ細い枝は吹き飛び、それなりの太さを持った枝も風に煽られ、道を開ける。突然の風に、成す術もなく木の幹に掴まっている盗賊達の姿が目に入った。
「蠢く闇よ。触手を伸ばせ。彼らを叩き落とせ。触闇!」
 闇が触手の形をなし、盗賊達に迫る。風が緩み、ナイフが落ちる。しかし、木々が元の場所に戻る前に、闇が盗賊達を捕らえた。
 触手が盗賊達を木の上から叩き落とす。待っていましたとばかりに、小町が彼らを叩く。大空は落ちてきた三本のナイフをしっかりと受け止め、自身が決めている定位置へと戻す。後は彼女達に任せておけばいい。
「終わった?」
「うん。バッチリ」
 小町が親指を立てて答える。気絶している盗賊達は、例の如く縄で縛る。
「んじゃ、オレがギルドの人間連れてくるわ」
「よろしく」
 人数が多いので、ギルドから馬車を出してもらわなくてはいけない。行きの馬車代は実費になるが、連衡する際にかかる馬車代はギルド持ちなので安心だ。三人はついでとばかりに馬車に乗せてもらい、街まで帰ることにした。
 盗賊達が一向に目を覚まさなかったことが少し気になったが、息はあったので問題ないだろう。
「それにしても、使いこなせるようになってたんだ」
 馬車を降りて、椿が言う。
「器用なもんでね」
 大空が返す。
 魔装の習得は難しく、コツが掴めないものは一ヶ月以上の時間を喰うことも珍しくない。数日という短さで使いこなせるようになった大空の器用さは並大抵のものではない。
「あ! 小町だ!」
 椿が言葉を返す前に、遠くから女の声がした。その声が差しているのは間違いなく、彼らの隣にいる赤い鉢巻を巻いた女だ。
「知りあい?」
 問いかけに小町は頷く。
 頬が緩んでいるところから察するに、友人なのだろう。
「久しぶりー」
 手を振られ、小町も振り返す。
 小町は椿と大空を見る。
 もう依頼は達成しており、後は解散して家に帰るだけだ。
「行ってきたら?」
 椿の言葉に小町が頷き、駆けだす。
 女の子達は一般人のようで、可愛らしいワンピースに身を包んでいる。鎧を着けた小町は多少場違いに見えるが、それでも彼女達に囲まれている小町は楽しそうだ。
 残された二人はその様子を少し眺める。基本的に人と関わることを拒否している彼らに、彼女達のような友人はいない。羨ましいと思っているのか、面倒くさそうだと思っているのか、それを知るのは本人達だけだ。
 先に動いたのは椿だった。
「それじゃ、また明日」
 それだけ言い残し、さっさと帰って行く。
 風に揺れる黒い服を眺めた後、大空は姿を消した。
「小町、怪我とかしてない?」
「大丈夫だよ」
 久々の友人とお喋りを楽しんでいる小町は、服装の違和感などないかのように自然に溶け込んでいる。
「私、奉公先で聞いたんだけど、最近盗賊が多いんでしょ?」
「あー。それ知ってる!」
 依頼や戦いとは無関係の一般人でも、ある程度の情報は出回る。それらは彼女達のような人間の話の種となり、また広がっていく。
「何でも、雪ノ国からきた盗賊が縄張りを広げてるから。って話よ」
 一人の女の子が言い、周りに戦慄が走る。
「雪ノ国から!」
「それは凄い盗賊ね」
 山ノ国から北の位置にある雪ノ国は、極寒の土地だ。貧富の差が激しいことでも有名だ。
 その国では窃盗が何よりもの重罪とされている。ある程度の証言があれば、罪に問うことができる。そして、窃盗はどのような理由があったとしても、死刑だ。
 それでも雪ノ国では盗みが絶えず、盗賊も多い。その理由として上げられるのは、やはり貧富の差だ。貧乏人として生まれた人間は、盗みでもしなければ生きていくのが難しいような国なのだ。無論、亡命しようとする人間も多いが、国境沿いには政府の人間が立っており、亡命がバレればその場で殺される。
 故に、雪ノ国から生きて山ノ国にきている。と、いうだけで、新たにやってきたという盗賊の力はうかがい知れる。
「盗みの罪が重いのは羨ましいけど、流石に死刑はちょっと……」
 頬に手を当てながら一人が言う。
 山ノ国では、誰もが一度は窃盗の被害にあっている。しかし、それを罪に問うことができた人間は少ない。
「うーん。そう、だね」
「ああ、小町は仲間に盗賊さんがいるんだっけ?」
「うん。さっき、いた男の人」
 昔ならば、窃盗は良くないと断言できていたのだが、今ではその考えもあやふやだ。
 ただ、大空が悪人んだとは、一度も思いはしなかった。
 misson 19
――――――
魔法補足
触闇<しょくあん>