君は本を読んだことがありますか?
君は本が好きですか?

物語の子達はいつも同じ結末をたどり
本を読む私達は彼らの未来がわかる

誰かの過去が未来が知りたい
自分の未来が知りたい
世界の全てが知りたい

いいでしょう
全てわかります
全ては本の中に記される出来事

本を開きましょう
本を読みましょう

そして想像しましょう
次の展開を
どうすればよかったのかを

良き想像力が
育まれますことを
切に願っております





 何気なく歩いていたはずだった。だが、気づけば男は本に囲まれていた。
 静かで、どこか厳格な雰囲気のあるそこは、図書館のようだった。だが、見上げても電球は見えず、高くそびえ立つ本棚と、そこにつめられた本が見えるだけ。
 近頃、疲れているという自覚はあったが、知らぬうちにこんな所へ迷いこむなど考えられない。ましてや、幻覚を見ているとも考えられない。
「いらっしゃい」
 出口を求めて歩いていた男に、若い女の声が届いた。
 振り向くと、そこには文学系という言葉がよく似合う女性の姿。赤縁の眼鏡が良く似合っていた。
「……ここは、どこですか?」
 男が尋ねると、女はふわりと笑って近くの本を取る。
 本をめくる音だけが聞こえる。
「あの……」
 何も答えようとしない女に、男が痺れをきらす。
「至極平凡な人生を歩んできたのね」
 唐突に女が言った。男が目を白黒させている間も、女は男の名前や経歴を述べる。さらには、男が薄っすらとしか覚えていないような幼いころの出来事までも言ってのける。
 個人情報だとか、プライバシーの侵害だとか言っている場合ではない。女は明らかにおかしい。いくら情報の価値が重要視されてきている時代とはいえ、たかがサラリーマンの男の幼い頃の情報などが価値を持つとは思えない。
 男は目の前にいる女に恐怖を覚えた。
「私は本屋。
 色んな本を売っているわ」
 笑顔を男に見せ、手にしていた本を棚に戻す。
「例えばこれ」
 そう言って新しい本を本屋は手に取った。
「『未来の本』」
 怪しく笑う本屋の手にある本に、男は釘づけになる。
 未来の本。その言葉を聞いただけで、男はその本の持つ恐ろしいほどの力を把握した。
「あなたの、そしてあなたに関わる人々の未来がここにあるわ」
 人は未来を憂い、歩みを止める。未来の自分から手紙がきて、あそこはダメだからここにしたほうがいい。そんな風に全てを教えてくれたら楽だと考えたことがあるはずだ。
 本屋の持つ本はそれを可能にする。
「ただし、この本に書かれているのはは一手先の行動によっての未来」
 本屋は手にしていた本を開く。
「まずは、あなたがこの本を手にするか、どうかで変わる未来……」
 男は固唾を呑んで本屋の言葉を待つ。
「本を手にしないのならば、そこには今までどおりの生活が。
 本を手にするのならば、そこには想像力の欠如が待っている」
 未来の本に書かれているのは、、あくまでも一手先の行動によって起こることだけ。それによってどうなるのかまでは書かれていない。
「想像、力の、欠如……?」
「そう。私が与えるのは人が望む本。でも、その変わりに想像力を貰うの」
 本屋は本を閉じ、男に差し出す。
 無言ではあったが、本を手にするかどうか問いかけられているということがわかる。
「――ください」
 男は本を手にした。
 想像力など、発明家や小説家に任せておけばいい。多くの人間には想像力など不要なのだ。
「本は開かれたわ」
 本屋の言葉を聞き、男が顔を上げると、そこは見覚えのある道だった。
「……夢?」
 そう呟いてみたが、手に持っている本が先ほどのできごとを現実だと言う。
 男は本を胸に抱き、家へ向かって走った。やましいことをしたわけではないのに、何故だか今すぐにでも一人になって落ち着きたかった。
「――はぁ、はぁ」
 家に飛びこみ、ドアに鍵をかける。
 部屋へ行くこともできず、玄関で座り込んでしまった男は、手にしている本を見つめる。部屋の外まで聞こえるのではないだろうかと思うほどの胸の高鳴りとともに、本は開かれた。
「これは……」
 本の中にかかれていたのは、明日の仕事についてだった。
 どのような仕事が任され、男がどのようなミスをするかかかれていた。ミスによって男がどうなるのかは書かれていなかったが、ミスはないにこしたことない。
 男は次の日、本に書かれていたことに注意し、無事にミスをせず1日を過ごすことができた。
 未来の本を手にしたからといって、特別なことが起こるわけではなかった。ただ、ミスを回避することができたり、ライバルの仕事を横取りしたりといった程度のことばかりを繰りかえしていたある日のことだった。
 日課のように開いていた未来の本を開き、中を見てみると、そこに書かれていたのは明日の選択によって、自分の出世と、妻が決まるというものだった。
「マジかよっ!」
 選択によって得ることができる女性の写真が、本には載せられていた。
 その写真の女性は、色白で二重のパッチリした目を持つ美しい女性だった。明日の選択を間違わなければ、男は出世と美しい妻を得ることができる。
「よし……。明日の夜、あそこであいつを殺せばいいんだな」
 男は自分の言葉に何も疑問を抱かなかった。
 本に書かれていたのは、ライバルとなる男を殺せば、ライバルが得るはずだったものすべてが男のものになるということだった。
 男はライバルを殺した。真っ暗な夜道だったため、目撃者もおらず、警察では通り魔の犯行となった。男はその次の日も何食わぬ顔で会社へ行き、ライバルが貰うはずだった出世への道を掴んだ。その道が、上司の娘とのお見合いだった。
 幸せな家庭。順調な仕事。手にあるのは未来を教えてくれる本。
 ただ、男には重要なものが欠如していた。
「あなたって、想像力がないのね」
 妻が男に言った。
 その行動をすることによって、どのような未来が待ち受けているのか男は考えることができなかったのだ。
 例えば、お皿を出して欲しいと頼むとする。すると、男はお皿を出してもそれをテーブルに並べるということが、言われなければわからないのだ。
「――そうか、なあ」
 ずっと一人だったからわからなかった。
 日常でも想像力というものが必要だと、男は知らなかったのだ。
 そのことが重大な事件を引き起こすことになる。
 男がいつものように本を開くと、そこには男の死が書かれていた。
 見ず知らずの男が強盗に押し入り、抵抗した男は殺されるという、あっけない終わりかただった。それを回避する方法は一つしか書かれていなかった。
 強盗に押し入られる前に殺す。
 この一文だけだった。
 死にたくないという思いに駆られ、男は家の包丁を掴み、本に書かれている強盗の住所へと向かった。
「あー。金が欲しい……。どっかから降ってこねぇかなー」
 そんな声が聞こえた。
 見れば、アパートの一階にある小さな庭でタバコをすっている青年がいた。男が肌身離さず持っていた本を見ると、そこにはタバコを吸っている青年と同じ顔が、強盗犯として載せられている。
「――死ね」
 男は青年の背後に忍び寄り、その心臓を一突きにした。
 青年がうめき声を上げて地面に倒れ、近隣の人が悲鳴を上げたとき、男は一つの疑問に気づいた。
「あれ? この後、どうなるんだ……?」
 本には押し入られる前に殺せとしか書かれていなかった。この後どうなるのか書かれていなかったのだ。
「あ、次のページに続いてるのか」
 パトカーの音を聞きながら、男はページをめくった。
「――え?」
 そこに書かれていたのは簡潔な文だった。
 殺人犯として警察に捕まり、病院で一生を終える。
 本を落とした男が顔を上げると、そこには警察がいた。男が逃げる前に、警察は手錠を男の手につけ、パトカーへと連行された。
「あいつが、今晩オレを殺しにくるんだ!
 そう本に書いてあったんだ!!」
 警察のほうからしてみれば、意味のわからないことを叫び続ける男。
 精神鑑定にかけてみたところ、男の精神は異常だという結果がでた。
「未来の本はどこだ?! オレはこんなところで終わりたくない!
 どんな選択をすればよかったんだよ!!」
 病室に閉じ込められた男は毎日叫び続けた。
 未来の本が欲しいと、選択を教えてくれと。
「想像力の必要性がわかりましたか?」
 扉の向こう側から、昔聞いた声が聞こえてきた。
「本屋か?
 なあ! オレに、オレに本をくれよ!」
 本屋は薄く笑う。
「本を得るために必要なものが、あなたにはないわ」
 病室の中で、男が唖然とする。想像力を奪ったのは、他でもない本屋だというのに、何を言うのだろうか。
「私を頼ったのが間違いなんですよ」
「お前が勝手にオレの前に現れたんだ!」
 扉にすがりつき、本を求める男に本屋は冷静に答える。
「いいえ。あなたが呼んだのよ。だから私はあなたの前に現れた。それだけ。さようなら」
 扉の向こうにあった気配が消えた。
「本を、未来をくれよぉぉ!」
 男の絶叫が病院中に響いた。


END