鍵が欲しいのか?
そのドアを開けるのか?
それとも閉めるのか?
まあ、どっちでもいいけどな。
俺はお前に鍵を渡すだけ。
どんなドアも開けれる。
魔法のような鍵をやるよ。
開けろよ。そのドア。
過去と未来のドア
空間、次元のドア
人の心のドア
開けれる。閉めれる。
この鍵をやろう。
お代?
そんなもの必要ない。
ああ……。
お前のドアを貰うけどな。
どの世界でも、どの時間でも、馬鹿な奴ばっかりだ。
どんな時代も、世界も、場所も見てきた俺が言うんだから間違いはない。
俺は鍵屋。それ以上でもそれ以下でもない。名前? 俺にそんなもんは必要ない。
何故ならば、俺は誰かと区別をしなければいけないわけではないからだ。そうだな……お前らでは、『人間』という種族の中から、『自分』という存在を区別するために名前が必要だろ?
だが俺は区別する対象がいない。
同種もいなければ、誰かと長く付き合うこともない。だから名前は必要ない。
そういうもんなのさ。俺は……な。
そうだ、ついでに少し俺の紹介をしておこう。
名前はさっき言った通りない。強いていうなら鍵屋が名前だな。
父は空間。母は時間。人間みたいに母親の腹の中から生まれてきたわけじゃねえからな?
俺の鍵を使えばそんなドアも開く。時間を移動することも、場所を移動することも、別世界に行くことも可能だ。そして人の心を覗きこむこともな。
この力のおかげというか、せいというか、俺は常に時間と空間、そして世界を移動し続ける。そこで出会った人間なんかに、俺は鍵を売ってやる。まあ、俺の言うことを信じない奴の方が圧倒的に多いけどな。
ここまで紹介しておいて、いまさらだとは思うが、俺は男だからな。髪をポニーテールにしてるから女に間違われることがあるんだよ……。どう見たって男だっつーの!
間違われねえように、男っぽい服装をしてるつもりなんだがなあ……。
と、まあこんな話ししててもつまらねえよな? それじゃ行くとするか?
あ? 何処へだって? 俺の物語……って言うと変な感じがするが、そんな感じだな。
さあ、ドアが開く。
『少女のドア』
今回は比較的まともなところに出た。
表面上は平和だし、飢えも病も充満していない。あんた達にわかりやすく言うなら『現代』ってやつか? 俺には『現在』とかないからよくわからねえけど……。
俺がここにいるってことは、誰かが鍵を欲してるってことだろうけど、何時の時代、どの場所でも鍵を欲してる奴なんているからな、俺が何処へ行くなんて完璧にランダムなんだよな。
ちょっと周りを見渡しただけで、鍵を欲してる奴ばかりなのがわかる。
誰かの心を覗きたい。心を開かせたい。何処かへ行きたい。別世界に行きたい。おっと、銀行の金を奪うために鍵が欲しいと思ってる奴もいるな。
さて、誰に鍵を渡そうかな? その辺の面白くもなんともない奴に渡したくねえしな〜。
どうするべきか考えながら歩いてると一人の女が目に付いた。
ショートカットの黒髪。悲しげに細められている目なんて最高だ。だけど……何より最高なのは溢れる闇。
気づいてない。あの女自身、周りの奴らも。あの不安と悲しみで作られた闇に気づかないなんて信じられねえ。
「お嬢さん?」
とりあえず声をかけてみた。いっとくけどナンパとかじゃねえからな?
女の方は完璧に俺がナンパ野郎と思っている。目を見ればわかる。
めんどくさげで、鬱陶しさと苛立ちの目で俺を睨みつけている。たぶん何度もこうして声をかけられたんだろうな。
「鍵、必要なんじゃない?」
俺が何も乗っていない手のひらを女の前に差し出す。予想通り女は怪訝そうな目で俺を見やがった。
だが、次の瞬間女の目は驚きに満ちることになる。
手のひらにできたわずかな光り。その中に小さな鍵が現れる。この世の何処を探しても見つからない。赤と金の鍵。
「お友達の心のドア。開けれるよ」
そう微笑んでやれば簡単にドアは開いた。鍵を使うまでもない。
女の名はマイ。友達の名はサキ。幼馴染でまるで恋人のように仲が良かった。何でも話し、嬉しいことも悲しいことも共有してきたのに、サキはある日突然学校にこなくなった。
家に引きこもるようになり、誰にも会わなくなっていったサキの家へ訪ねて行ったマイが見たのは閉ざされた扉だけであった。
扉の向こう側から聞こえる声は弱々しく、ただ、何も聞かないでと言った。
いつでも何でも話してくれたのに。どうして……。助けたい。なのに助けれない。
「ふーん」
特に珍しい話しでもなかった。まあ、これだけわかれば十分だろ。この鍵を渡せばサキの心のドアは開かれ、何があったのかわかるだろ。その後のことは俺には関係ないしな。
少し放心状態になっているマイを見ながら、俺はどのドアが貰えるのか楽しみでたまらなかった。
俺は鍵屋。鍵屋は鍵を売り、ドアを貰う。
俺がドアを貰うと、その人間の心のドアが一つなくなる。なくなったために、心を閉ざす者もいるが、逆に解放する者もいる。解放した者は嘘がつけず、人の言葉を直に受けるから、傷つきやすくなる。
ドアってのは、大切だってことだな。
マイは予想通り鍵を受け取った。せっかくだから俺も終わりまで見て行くか。
サキの家はまあまあでかくて、少し余裕のある生活をしているのだとすぐにわかった。余裕のある生活をしてて、何が不満なんだろうな。
家の中に入っていくマイを俺は追いかけた。今は俺自身の鍵を閉めてるから他の奴に俺の姿は見えない。話しかけることすらできない。だから家の中に入るにはマイの後ろにピッタリとくっついてなきゃいけねえんだよな……。面倒くせぇ。
こざっぱりとした家の中はある意味生活感のない雰囲気で気持ち悪い。
そんな家の中、二階の一番奥にサキの部屋はあった。扉は閉ざされたまま、開く様子など少しもない。
「サキ。開けて! それだけでいいから!」
マイが何を言ったって、サキには届かない。心を閉ざした人間に届く言葉などありはしないんだ。だけど、このままじゃ面白くないな。
俺は腰につけてある輪の中にかけられている数々の鍵の中から、最も平凡に見える鍵を取る。鍵を扉に刺す。鍵穴なんて必要ない。この鍵を刺したところがそのまま鍵穴になるのだからな。
「……サキ!」
扉が開くと同時にマイが飛び込んだ。そして足を止めた。
マイの後ろから部屋の中を覗くと、そこには散乱した本と服。そして黒く変色した血の跡があった。鉄っぽい匂いは俺でも吐き気がする。
突然開いた扉にこちらを向いたまま止まっているサキの顔は醜かった。肉のそげた頬。目の下の隈。今もなお流れ続けてる赤い血と治りかけの傷。
親友のそんな姿を見た、マイは目に涙を溜めながら先に近づいた。手には俺が渡した鍵を持って。
「大丈夫……だからね」
マイはそっと親友の額に鍵を刺した。
刺したところから流れるように記憶が出てくる。
学校でのイジメ。陰口。暴力。家庭でのいざこざ。夫婦喧嘩。巻き込まれて殴られる。そして、それに気づいてくれない親友。
馬鹿だな。何も言ってないのに気づいてもらえるなんて思ってる。そんなことがあるわけないじゃねえか。
心が繋がってるのか? 心が読めるのか? できないだろ。
マイは記憶を封じ込めた。辛いことはなかったんだと。だからもう一度笑って欲しいと。
学校では私が守るから。家が辛いなら私のところに来ていいからとマイは言った。サキは明日からまた元気になるだろう。
マイと言う名の代償のおかげでな。
次の日、マイは学校に行かなくなった。
理由は簡単。俺が心の扉を奪ったから。心は閉鎖的になり、誰とも接触しなくなる。疑心暗鬼になり、いずれ死ぬだろう。
「マイ……マイ?!」
次はサキがマイのために家に通うようになるんだろうな。
でも、それも長くは続かないだろう。学校でのイジメも、家庭の問題も解決したわけじゃない。
この世の中、ハッピーエンドなんてないんだ。
さあ、次の奴に鍵を渡しに行くか……。
『老婆と時計』
大体からよ、世界は不幸の上になりたってるんだから、ハッピーエンドになるなんて不可能なんだ。
長い時間、様々な世界を回ってきた俺はどこかそんなことを考えていた。俺から鍵を貰って、幸せになった奴なんて滅多なことではお目にかかれねえしな。
疑心暗鬼になっていく者、孤立する者、壊れていく者、みんな俺から鍵を貰わなければ、まだマシな人生だったろうにな。
今回の世界は退屈しない。
周りを見れば、飢え死にした奴の死体で溢れてる。腐臭がキツイのが嫌なところだな。
どいつもこいつも世界に絶望していて、隙あらば他人を裏切ろうって目だ。これが人間本来の姿だと俺は思うね。
「あんた、鍵屋だね?」
渇いた木と木をこすり合わせたような掠れた声が俺を呼びとめた。
「何でわかった?」
わかるはずがない。俺の見た目は普通の人間なのだから。
「わかるわよ。この歳まで生きれば普通の人間かそうじゃないかくらいわかるわ」
俺を呼びとめたのは老婆だった。声と同じように渇いた木のような姿を見ればろくに食事をしてないことがわかる。こんな世界でよくここまで生きてこれたな。
それに……この老婆は鍵を欲していない。誰でも一つや二つ願いがあり、鍵を欲するものなんだがな……。
面白い。この絶望が支配する世界の中で希望の光りを眼に宿す老婆なんて……未だにハッピーエンドを信じてるのか? 今まで生きてきて、世界がどんなものかよくわかってるだろうに。
「あんたは……どんな鍵が欲しい?」
答えはわかってる。だけど聞いてみたかった。
「いらないわ……もう、長くない命だもの」
自分の命の短さもわかっている。世界がどれほど醜いかもわかっている。この老婆は、一体なにに希望を見出しているんだ?
興味。こんなに気になる人間は始めてだ。
「長くないなら、死ぬまでに鍵を使えよ。金持ちにだってなれる。その枯れ木みたいな体も少しはみずみずしくなる」
老人受けしそうな笑顔を顔に貼り付けて言ってやる。効果なんて期待していない。ただ、老婆がどんな反応をするか気になるだけだ。
だけど、あまりにも意外な反応に、俺は絶句することとなった。
だって、まさか、悲しそうな顔をするなんて誰が思う?
「笑顔は……作るものじゃないわ」
…………そんなことか。
「笑顔なんて……忘れたよ」
事実だ。笑えるような終わり方はなかった。笑えるような時間ではなかった。そんな中、笑顔に何の意味があるというんだ?
作りものでもいいじゃないか。見た目は変わらない。
「絶望の中での笑顔なんて、意味ない」
搾り出すような声を出した。誰が? 俺が。
信じられない。泣きそうな自分が。何でだよ。声が震えてる。
ああ、憎い。作りものじゃない笑顔ができる老婆が。俺は笑顔なんて捨てたのに。バットエンドの度に泣いてきたのに。
「笑顔は、絶望を乗り越えられるものよ」
嘘だ。絶望の中で笑顔になれるものか!
一人を望んだ者に誰もいない世界への鍵を与えた。そいつは孤独と絶望の間で死んだ。
友を助けるために鍵を求めたものに鍵を与えた。そいつは心を閉ざしてしまった。
世界を旅したいというものに世界中に繋がる扉の鍵を与えた。そいつは他の国の戦争に巻き込まれて死んだ。
母のため、過去に行きたいという者に鍵を与えたら、若き母に恋をし、破滅した。
世界は絶望だらけだ!!
「……あなたは、まだ若いのね」
声に出していたらしい。何でだ。何でこの老婆に昔の話を……いや、俺に過去も未来もないか。
それにしても、俺が若いだと?!
「若いわ……。簡単に絶望できるなんて。絶望で心を閉ざすことができるだなんて」
歳をとると絶望すらできないと老婆は言った。絶望したところでどうにもならないことを知っているから。
いくら長く生きても、俺はまだ子供だとも言った。
「でも……その気持ち、わからなくもないわ」
老婆はそう言って、部屋の中へ入って行った。部屋というよりも、ボロボロのテントって感じだけどな。
戻ってきた老婆の手には、淡い黄色の時計があった。時計の針は動いていないが、金色でキラキラ光っていた。
「これは……普通の時計じゃないな?」
不思議な雰囲気を宿したその時計はとてもじゃないが普通の時計には見えない。
「これはね……昔、私があなたのように絶望していたとき、時計屋さんから貰ったのよ。私の絶望の一部と引き代えに……」
驚いた。時計屋の話を聞くことになるなんて。
広く、多いこの世界では様々な職業がある。普通の職業じゃない職業。この俺みたいな奴が結構いる。その中の一人が時計屋。あいつも長い時間を生きている。ただ、あいつの場合職から逃れる術もあるけどな。
「少しだけ……貸してあげる」
老婆が俺に時計を渡す。やっぱりその腕も細かった。
「…………」
暖かい。暖かくて幸せな気持ちになれたような気がした。
「おやおや、涙なんて流して」
老婆に言われて、始めて気がついた。俺は泣いていた。
涙。だよな。泣くってことは涙を流すってことだよな。目がぼやけてるのもそのせいか? こんなに苦しいのも、暖かいのも、涙のせいなのか?
泣いてるってことは、悲しいのか? 辛いのか? ずいぶん前にやめたのに。辛いから、悲しいから泣くなんて。
「笑ってるよ。あなた」
な、にを……言っている?
笑ってるのか? 泣いてるのに?
「辛いときは、溜め込むんじゃなくて、泣けばいいのよ。すっきりするでしょ? だから、また笑える」
泣いたから笑えてるのか? 俺は、今、心の底から笑っているのか?
笑ってる。そうだ、な……。泣いて、笑ってるんだ!
「これ、返す……おい? 婆さん?」
老婆は返事をしなかった。目を閉じて眠っていた。
俺が持っていた時計は消えていて、さっきまで本当に老婆と話していたのかわからなかった。だけど、俺の心が晴れていることは確かだった。
絶望が希望なのだと気づかされちまったな
END