門番
誰も何も通しはしない
主を守るためならば
この命、惜しくはない
何者かがこの扉の前に現れたのなら
即刻排除しよう
鋭利な物が扉の向こうへ行くならば
体をはって止めてみせよう
この数々の扉を守ることが
あなたを守ることとなる
扉を守る門がある
その門を我は守ろう
大丈夫守るから
傷つけさせない
門を守り、あなたを守る番人
ここには無数の扉がある。
俺はその扉を開けたことはない。開けずとも俺の使命を果たすことはできる。
無数の扉の前にある門の前に俺はただ一人で立っている。
他に人はいない。いる必要もない。
俺はこの門を、扉を守っていればいいんだ。
あの扉の向こうに『アレ』を行かせてしまえば、主の心を傷つける。
扉は心を守る物。門は扉を守る物。俺は門を守る者。
毎日、毎日アレは来る。
アレの正体が何なのか俺は知らない。ただ、扉の向こうに行かせては行けないということだけわかる。
「失せろ!!」
背に背負っていた銃でアレを撃つ。
アレはいとも簡単に形を失くし消えていく。時折アレの一部だか何だかよくわからない物が扉を通り抜けていく。
そんな時は主が泣く。
悲しいのか、悔しいのか、俺にはわからないが、『主が泣いている』という最も好ましくない事態だというのはよくわかっている。
泣いて欲しくねえな〜。
うん。泣いて欲しくねえ。だから次こそ何一つ扉の向こうに行かせはしない。
ときどき暇なときがある。そんな時は主が笑っているから俺は安心して昼寝だってできる。でも不思議だ。ついさっきまで暇だったのにアレがくる。そして主は泣く。
何で昼寝なんかしたんだ……?
だってさっきまで主は笑っていた。『笑顔』はアレを寄せ付けないはずだ……。
アレ……。俺にはアレに名をつけることはできない。
でも、主や主の周りの奴らはそれを様々な名で呼ぶ。『嫌味』『陰口』『嫉妬』『敵意』『罵り』数えたらキリがない。だから俺はアレと呼ぶ。
アレは主の周りの奴らが放ってくる。俺の主も無意識の内にでも放ってるだろうがな……。
俺は門番。ここに門番は俺しかいねえけど、他の奴の中にはまた別の門番がいる。
俺らの存在意義はただ一つ。アレから主を守る。
アレから主を守るのも大変だけど、俺らには天敵がいる。『鍵屋』だ。
あいつはどの世界にも属さない。滅多なことではお目にかかれねえが……あいつの前では俺らは無力だ。
主の扉が消されても、主の扉がこじ開けられても何もできない……。
胸糞悪ぃ……。
まああいつは滅多に現れない。だから俺はアレだけを気にしていればいい。
最近アレが来る回数が増えた。
いくら俺でも疲れが溜まってきた……。本当に少しずつだが、アレの一部が扉の向こうに行く回数が増えた。
主は……泣かない。慣れちまったってことはない。ただ、諦めちまったのかもしれねえ。
人は、諦めちまえば楽になる。笑うこと、友を作ること、そして生きること――。それらの内、どれか一つでも諦めちまえば泣かなくなる。
泣けなくなるって言っても嘘ではねえけどな。
主が本気で笑えるように、俺はアレを排除する。
主が再び涙を流し、全てを諦めちまうことがないように、俺は生き続ける。
涙なんて糞喰らえ。主は笑ってればいい。それが俺の存在意義で、喜びなのだから。
いくら何でもあれは多いだろ……。
主は色々諦めちまって、いくつかの扉は開きっぱなし……。そんな所にあんなに大量のアレが来るこったぁねえだろ?!
しかも半端ねえ武装してやがる。
何だあれ。兵器ってやつか? くそっ! 俺には背中の銃しかねえってのに!!
でもやるしかねえ! 逃げ場なんてねえんだ! 第一、俺が俺自身の存在意義を消し去ってどうする!!
背中の銃をアレに向ける。引き金に指をかけ、何度も、何度も引き金を引く。
火薬の匂いが充満してるってのに、アレの量が減ったようには見えねえ。
俺の銃が効いてないのか、アレの量が多すぎてそう見えるのか……どっちでもいいか。考える時間ももったいねえ。
一心不乱に銃の引き金を引く。銃弾を装填する。そしてまた引き金を引く。火薬の匂いがさらにきつくなる。
何だアレ! いつものアレとは違う!!
気味が悪ぃ……! そりゃあ、いつも何にも感じてねえって風に突っ込んでくるけど……。今回のは違う!
痛みは感じてねえって風だけど……だけど!
アレが笑ってる!
傷つけれるのが嬉しいと、壊せるのが嬉しいと笑ってやがる!
ダメだ。ダメだダメだ。アレに扉をくぐられたら、主は何もかも諦めちまう。
この銃じゃダメだ。もっと、もっと威力のある武器!
ない。ない。傷つくのを受け入れちまった主の力では、身を守る武器すら作る出せねえってのか?!
だからか! 俺の銃もいつもより威力がねえのか?!
主。よく聞け! 俺は諦めねえ! 例え威力の弱え銃でも、刃こぼれのした短刀でも、俺はそれらを使って、アレに勝ってやる!
もうアレは近い。俺は片手に銃。もう片方の手に短刀を持って突っ込んだ。
守ってやる! 何一つ門通さねえ。
例えば、アレの首を全て切り落としてやれたら?
きっとそれはできねえ。その前に殺られちまう。
例えば、あの兵器に銃弾を何発もぶち込めば?
ああ、きっと上手くいく。ただ、俺も無事じゃすまない。
でもしなきゃ、しなきゃ主が壊れる。
殺ってやるさ。最期だ!
刃こぼれした短刀でアレの心臓を貫いてやる。首を切り落としてやる。
主の前に俺が壊れるんじゃねえかって思う。
銃をぶっ放す。
火薬と鉄の匂い。そこに断末魔の叫びはない。
走る。走る。斬る。撃つ。
そうして近づいていく。あの兵器に。
近づくほどにそのでかさに気づく。数発ですむかな? そんなことを考えて己を嗤う。
数発ですまなきゃ何十発も撃てばいい。
それでもダメなら、死ぬまで撃てばいい。
気づけば兵器の真下にいた。アレが迫ってくる。
俺が身軽に兵器の上へ上へと登っていくと、アレも俺を追いかけてくる。
よし。進行が止まってる。
アレが俺を捕まえる前に兵器を撃ってやる。
一発。二発。三発。四発。これでもかと何度も撃つ。
何かが俺の足を掴んだ。何か……?
俺も焼きが回ったな。ここには俺とアレしかいねえじゃねえか。
下を見ると予想通りアレがいた。俺は銃をアレに向けて、引き金を引く。
俺の足を掴んでいたアレは砂くずになった。だが、まだまだアレはいる。
銃を脇に挟むようにして固定し、引き金を何度も引く。片手には短刀を持ちアレを切り裂く。
片手に銃を撃つ感触。片手にアレを斬る感触。
すげえ。俺を排除するためにアレがここに集まってらぁ。ここで兵器が爆発すりゃあ、アレは全滅だな。
そろそろ銃弾がきれる。銃弾を装填してる暇はねえだろうな。俺は最後の一発を撃って、役立たずの銃をアレにぶつけた。
そのまま短刀を片手に銃弾を当てていた一点を短刀で思いっきり刺した。
一瞬、目が開いてるのかわからなくなった。だけど開いてたと思う。だって目の前が真っ白だった。
身体が宙に浮いて、落ちる。不思議と痛みはなかった。
ただ、凄く安心した。主が諦めるのをやめたような気がしたんだ。
もう目を開けるのもつれえけど、アレは片付いたはずだ。
あ……主が泣いてる?
泣いてる……のか? 主よぉ…。
あんたの顔、俺はもう見えねえけど……。
泣いてんだろ?
泣くなよ。
あんたの笑顔、守るために俺が身体張ったんだからよ。
ああ、諦めるのをやめた辛さか?
これからはその辛さと向きあってくれ。
そして
俺のために笑ってくれよ。
たかが門番が何言ってんだろうな?
俺がいなくても、あんたの心が無事だといい。
あんたの心が強くあればいい。
だから
だから…
忘れないでくれ…。
俺が何を守っていたか。
知ってくれ…。
俺が……いた…こと…を……!
END