戦争屋 平和屋
平和って好きですか?
争うって高めあうってことだろ?
みんなが笑って過ごせるっていいですよね
強い者がのし上がれるなんてわかりやすいよな
希望 優しさ 光りはあなたの心に
絶望 冷たさ 暗闇はお前の心に
笑ってください
嗤っていろよ
争いがあるから平和がある
平和があるから争いがある
同じであって
同じじゃない
あなたは今
どっちを選ぶ?
ボクか
俺か
片方を選ぼうものなら
待っているのは
『無』
ああ、腹が立つ!
目の前にいるこいつが憎くてしかたがない!
いつもそうだ。へらへらしやがって。威張りやがって。
この間だって金を貸したのに中々返しやがらねぇ……。ああ、憎い!
「うるせーんだよ!」
「んだよ! ちょっと山に行ってきて狩りにでも行かないかって言っただけじゃねぇか!」
鬱陶しい。俺の体調が悪いことぐらい察しろよな。狩りになんか行きたくねぇんだよ。
山の動物を狩る前に目の前のお前を狩るぞ。むしろその頭を刈るぞ。
「八つ当たりすんなよ!」
誰も八つ当たりなんてしてねぇだろうがよぉ……!
本っ当に鬱陶しい。これ以上ないくらいに。
ああ、もう消えろよ。なんでわかってくれねぇんだよ。昨日も俺がふられたっつったら笑いやがるし。……まぁ、おかげですっかり立ち直ったけどよ。
そういやあ、俺が喧嘩に巻き込まれた時は絶対に助けてくれるよな。あれ? なんで俺、さっきまであんなに腹を立ててたんだ?
「お兄さん。心、平和になった?」
ん? 誰だ。
声のする方を見てみると、そこには小さなガキがいた。
真っ白な服に綺麗な金髪。どっかの坊ちゃんかと思うほどその姿は小奇麗だった。
このガキを見てると……いや、このガキがそばにいると安心する。誰かを憎むことも、羨むことも忘れッちまいそうだ。
「おい。もういいか?」
俺が穏やかな気持ちに浸ってると、ガキの遥か向こうの方から別のガキが何かを言った。
今、俺の目の前にいるガキの声は安心するっつうか、穏やかな気持ちになるのに対して、聞こえてきたガキの声は正反対だった。不安になるわけじゃねぇけど、何だか血肉がわき立つような声。
「うん。もう大丈夫」
ガキがそう言うと、どんどん向こうの方からガキが近づいてきた。
正直に言おう。俺は愕然とした。
何故かって? そりゃあ、お坊ちゃんみたいなガキと一緒にいるような奴なんだからあの声の主もそうとうなお坊ちゃんなんだろうと思うだろ。
違うんだなそれが。やってきたガキは声と同じで白い服のガキとは正反対。
服は黒いし全体的にボロボロで、どっちかっつうと野生的な感じだ。なんてアンバランスな組み合わせなんだ……。
見ればあいつも呆然と二人を見比べてやがる。馬鹿みたいな顔しやがって。おっ、もしかしたら俺もあんな顔してるのか?
しかし謎なのは……
「君達、双子?」
そう! それだ!
「違うよ」
「どうみても違うだろ」
二人が同時に答える。
そうなのだ。あいつが言うように、このガキは全く違う外見なのに何故か双子なのかと思っちまう。雰囲気、も正反対なのに。
「平和と」
「戦争」
二人が唐突に言い出す。ちなみに前者が白で後者が黒のガキな。
「どっちが」
「いい?」
示し合わせたかのように二人は言った。二人が喋ってるのに一人で喋ってるかのように聞こえる。
俺とあいつは顔を見合わせた。どっちがいいって? そんなの決まってるだろ。
「平……」
「なーんてね」
オレ達が『平和』と答えようとしたら白いガキが声をかぶせてきた。
「どっちも選べないよね」
「表裏一体ってやつだもんな」
二人が顔を見合わせていう。戦争と平和が表裏一体? むしろ正反対だろ。
「お前ら、親は?」
あいつが聞いた。そういえば親がいないな。
「ボク達に親なんて」
「いねぇよ」
やっぱり二人が示し合わせたように言う。お前らやっぱり双子だろ。二卵性かなんかの。
それにしても親がいないってことは孤児か?
「ボクは『平和屋』」
「俺は『戦争屋』」
だから親なんていない。なんて意味のわからんことを言い出した。
じゃあお前らは一体どこから生まれてきたんだよ。今、ガキの間で流行ってる遊びか?
「おい……」
あいつが話しかけてきた。今はもうこいつに対してなんの怒りもないが、さっきみたいに優しい気持ちにはなれねぇな……。なんでだろうな。
「なんだ?」
俺が聞き返すとあいつは俺に囁く。
「聞いたことがある。平和屋がいる国や場所は平和になって、戦争屋がいるところは戦争になるって」
……確かにそんな噂があったような気がする。他にも似たような話で『人形屋』だとか『時計屋』だとかあったな。
でも、そんなもの所詮噂だろ?
「だけど、さっき確かにオレ達は喧嘩をしてた」
そうだ。だけどそれがどうした? 俺の疑問が顔に出てたのか、こいつはため息をつきやがった。
「オレ達はあの白い子供が来て、穏やかな気持ちになった。だから喧嘩が終わったんだ」
そうか! あの平和屋がきたからオレ達の間が平和になった……!
「だからよ、領主様に平和屋を謙譲して、戦争屋をあの忌々しい隣国に渡せばいい」
頭いいなぁ……。確かにそうだ。
オレ達のすぐ横にある国はけっこう裕福でけっこう平和だ。オレ達みたいに狩りをしなくても冬をしのげる。
だからあいつらはオレ達のことを見下してやがる。それがオレ達はいつも悔しかった。
「俺が平和屋を説得するから、お前は戦争屋を頼む」
オッケー。任された。
「なあ、戦争屋……って呼んでいいのか?」
「おう」
戦争屋は風貌通りの言葉遣い。この分だと騙すのも簡単そうだ。
少し離れたところではあいつが平和屋を丸め込んでる。
「なあ平和屋。戦争屋に少し用事を頼んだんだ。だからしばらくの間、オレ達の国で待ってろよ」
おお。そう行くか。なら俺も合わせるとするか。
「ちょっと隣の国に行って欲しいんだが……」
俺が戦争屋に持ちかけた途端、空気が凍った。
これは、逆鱗に触れたのか……?
「お兄さん達は」
平和屋の声がやけにハッキリと聞こえた。
「オレ達を引き離したいのか?」
核心をついてきやがった。作戦は失敗か……。
「この国を平和にしたいんだね」
「隣国を戦争に陥れたいんだな」
なんで、こんなに核心をついてくるんだ! やっぱり普通のガキじゃないってことか。
「いいよ」
「いいぜ」
予想外の返事。何だと? まさか!
全てを知っていながらオレ達の作戦に乗ってくれるっていうのか?
オレ達が混乱しているのをよそに、戦争屋と平和屋は笑顔で別れを告げていた。戦争屋は隣国に向かって歩いて行く。
オレ達の心は、すごく、穏やかになった。
「さあ、行こ」
平和屋が俺の手を引いてくれる。なんて暖かいんだ。みんなが笑顔になっていく。
これが平和なんだ。何も心配することはない。誰にだっていいところがある。
そう考えると、隣国には悪いことしたな。もっと仲良く……。まあ、どうでもいいことか。
全体的に黒っぽい服に身を包んだ少年がじっと橋の上にいた。
彼は戦争屋。彼の近くにいると、誰もが好戦的になり、争いを好むようになる。
だが、普段は彼のそばにいても平気だ。何故ならば、普段ならば平和屋が傍にいるから。平和屋のそばにいると誰もが穏やかになり、平和的になる。
彼らは共にいなければならない。そして彼らはそれを苦にしていない。むしろそれを喜んでいる。
「戦争屋! ごめんね! 待ったでしょ?」
向こうから駆けてくるのは白。彼が平和屋である。
「待った! 待った! 今回も俺の十倍近く時間がかかったな」
戦争屋は笑う。
平和屋は不満気な表情をした。
「しかたないじゃないか……。ボクは戦争屋みたいな急速な無じゃないだから」
「平和屋の無は穏やかすぎるんだよ」
二人は笑いあった。久々の再会なのだ。
「平和屋をまってる何十年かの間にこの辺もすっかり焼け野原だぜ」
そう。二人の周りは黒だけの世界。唯一、二人がいる橋だけが残っている程度なのだ。
数十年前、二人はとある国の若者によって引き離された。
戦争屋が行った国は平和そのもので、諍いなど起こりそうもなかったが、戦争屋の介入でそれは一変する。
町の人々がいがみ合うようになった。領主が様々な国に戦争をしかけるようになった。
そんな国が何年も持つはずもなく、戦争屋がその国に入ってからわずか四年でその国は地図から消えた。
一方、平和屋が残った国は平和になった。町の誰もが助け合い、穏やかな時間がただただ過ぎていった。誰もそれが破滅への道とは知らずに歩み続けた。
競うこともしなくなった国は発展することをやめた。発展しなくなった国に誰も興味を示さない。他国から物を得れなくなってもその国の者は狩りをしなかった。動物が可愛そうだと。同じような理由で農業もしない。
そうして一国は緩やかに退化し、消えた。
一国が緩やかに退化している時も戦争屋は待ち続けた。そうしている間、橋の周りでは争いが始まり、人が死に、全てが消えた。
「やっぱりボク達は一緒にいないとね?」
「だよな。どっちかを選ぼうなんて無茶言うぜ」
二人は常に一緒にいる。
そうしないと、全てが消えてしまうから。
END