<注意>
この話は『勇者シリーズ』の二次創作と考えてください。
本編とはなんの関係もありません。
勇者も夢を見る。
魔王として、人間として、勇者として長い時間を生きてきた彼は深く鮮明な夢を見る。
「黙れ」
夢の中で勇者は呟いた。
周りで呻く亡者達への言葉だ。
「黙れと言っている」
暗く静かな夢の世界で勇者の声だけが反響している。
「弱いお前達が悪い。オレが魔王として生まれたのは仕方のないことだろう」
勇者にだけ聞こえる声が彼を責める。
静かな世界に足音が聞こえた。
「どうした? 勇者様」
顔を上げた勇者の目に映ったのはボロボロになった僧侶の服に身を包んだヒールだった。
勇者は言葉を紡がない。彼がいることに対する混乱と、これが夢なのだという確信の狭間で思考が揺れる。
「その醜い左手でたくさん殺したんだろ?」
あざ笑うような声に勇者は自身の左手を見る。
いつもは長い袖で隠されている左手がさらけ出されていた。
モンスターの毛皮が腕を覆い、手の甲では鱗が鈍く光っている。五本の指から生えている爪は他の生物を簡単に殺せるほど鋭いものだ。明らかに人間のものではないその腕を思わず後ろに隠す。
「隠すなよ。お前のそれがお前の『罪』だろ?」
「違う……」
勇者の顔が青ざめる。
断片的に思い浮かぶ遠い昔の記憶。
赤い血と影から聞こえてくる言葉。満たされぬ心。
「お前を満たすためだけに死んだ人間がいて、死んだモンスターがいる」
寂しさと苛立ちを隠すためだけに戦い、壊した。
「黙れっ!!」
左手がヒールの胸を突き刺す。
「ほら、また殺した」
ひどく優しい笑顔をしたヒールが消える。
「とっとと起きろ! このボケが」
腹に痛みを感じて目を開けてみると、木漏れ日と自分を見下ろしているヒールの顔が目に入った。
「ん……今、何時だ?」
「もう日が昇ってかなり経つ。今日中に町につくか微妙だぞ」
太陽を見ながら言う。
長い間旅をしてきているにも関わらず、ヒールは太陽の昇りぐあいで時間を計る術をしらなかった。
「無理なら、お前を置いていくだけだ」
「魔法を使える勇者様は言うことが違いますねー」
棒読みで勇者に答えながらヒールは足を進める。当然ながら、その後姿に血の跡はない。
ちらりと左腕を見るが、いつも通りの長い袖があるだけ。
森をしばらく進んでいると、唐突にヒールが足を止めた。少し距離をとって歩いていた勇者は、何故ヒールが足を止めたのかわからない。小走りでヒールの横に並ぶと、木々の隙間から魔族がいるのが確認できた。
それもただの魔族ではない。片足と片腕がモンスターのそれになっている魔族だ。
「あれ、何だ……?」
魔族は人間と変わらぬ外見をしている。あのような中途半端な者をヒールは見たことがない。
「……半端者だ」
勇者の呟きとかぶさるように、罵倒の声が聞こえてきた。
「お前みたいな奴が魔族だと名乗るな!」
「この半端者が!」
「消えろ!」
罵倒しているのは正真正銘の魔族達。半端者と呼ばれている魔族は迫害を受けているらしい。
見ていて気持ちの良いものではなかった。ヒールは元々モンスターに育てられていたということもあって、魔族やモンスターが絶対悪だとは思っていないので、目の前で起こっていることはただの弱いものイジメにしか見えない。
相手が人間ならば間違いなく加害者側を殴りに行くだろう。だが相手は魔族だ。
強さもモンスターとは段違いであるし、庇った隙に後ろから殺られるとも限らない。
「ごめんなさい……。ごめん、なさい……」
聞こえてきたか細い言葉に、ヒールは駆けだしていた。
「てめぇらっ!」
半端者を庇うように躍り出る。
「何だ……」
「人間か」
「邪魔をするな」
向けられる三者三様の武器にヒールは腰を低くして構える。
三人を同時に相手にしなければいけない、それも後ろにいる者に気を使いながらだ。
「死ね」
振り下ろされた剣を片手で掴み、突き出された槍の柄を握力で砕く。だが、無防備に空いたわき腹へ斧が迫りくる。
ヒールは剣を折ると同時に斧に背を向けた。
「もらった!」
斧がヒールの体を真っ二つにする寸前、ヒールは軽く跳躍し、背中をそらした。いわゆるバク転という形で斧を回避し、地面に手をついたまま斧を持っていた魔族の腹に蹴りを何発か入れる。
「甘いんだよ」
三人中、二人の武器を破壊した上に、一人にダメージを与えることができた。
この調子でいけば、倒すことはできずとも追い払うことくらいはできるだろうと算段したときだった。
鋭い痛みが背中に走る。
「――は?」
思わず自分の体を見たが、何かが突き出ている様子はない。深く突き刺さっているだけならば、死にはしないだろうと楽観的に考え、顔を後ろへと向ける。
「こ、これで、あた、しのことを……」
見えたのは半端者の髪の毛だけだったが、震えた声を聞いて怯えていることはわかった。
「よくやった!」
動くことができないヒールに向かって再び繰り出される斧。もう避けることはできない。
「――――遅ぇな」
「………………」
結果だけを述べると、斧はヒールに傷一つつけなかった。
斧も三人の魔族もその姿を消したからだ。
「あ……あ……」
勇者の魔法はヒールを刺した半端者にも恐怖を与えた。
炎の魔法が斧を一瞬にして溶かし、地面から生えた木々が魔族達の姿を覆い隠してしまった。木々の隙間から流れ出ている赤い血だけが魔族達がいたことを示している。
「おい、無視すんなよ」
ヒールが声をかけても勇者は言葉を返さない。
半端者は持っていた槍の先から手を離し後ろへ下がる。
「だって……ああすれば、あたしも、仲間に……」
何も問われていないのに言い訳をする。
「やめとけ。この、くらいの……傷で、たび、抜けたり……しね、からよ」
段々と意識が遠のいていくのか言葉が途切れていく。
貫通していないものの、槍の先はかなり大きく、すぐにでも縫合しなければならないほどの傷だ。今まで平然としていた方がおかしい。
「寝てろ」
「う……っせー」
地面に倒れる音がして、半端者は自分の最期を悟る。
「お前なんて必要とされない」
「……なん、で」
「お前なんて存在しない」
「……や、め」
「お前なんて価値がない」
「やめてよ!!」
一瞬の静寂。
「こいつを殺そうとしたとき」
勇者の右手には剣が握られていた。
「お前も死んだんだ」
一線。流れる赤い血。
長い袖に隠された自分の左腕を見て勇者は笑う。
END