1.勇者と僧侶の日常
共に旅をすることになった二人の日常はと言えば、散々なものであった。
「……面倒だ。町まで瞬間移動魔法使う」
などと勇者が言い出すものだから、ヒールはそれを止めなくてはならない。別にヒール自身は勇者の案に賛成であり、できるのならば自分も魔法を使って次の町へ行きたいとも思っている。
だが、悲しきかな。ヒールは魔法が使えなかった。ヒールの職は『僧侶』攻撃魔法はともかく、補助系の魔法や移動手段としての魔法ぐらい使えそうなものとごく一般の人はそう考えるのだが、この僧侶は小さな火を出すくらいの、超初級の魔法しかつかえなかった。ちなみに、瞬間移動魔法はかなり高度な魔法だったりする。
「待て! 使うのはともかくオレを置いていくな!!」
勇者はいつもヒールより先に歩く。勇者の足が速いとか、ヒールの足が遅いからではなく、せまりくる魔物をヒールだけが相手にしている結果なのだ。
この状態で勇者が瞬間移動魔法を使ったら、ヒールは置いていかれてしまう。確実に。
置いていかれたら、探し出す気力もなければ、そこまでしてついていく気もない。
何とか勇者の魔法を食い止めたヒールは勇者の襟首を掴んで歩くことにした。その間に迫り来る魔物は無視していたので、引きずられている勇者がフルボッコにされているような気もするが、ヒールは無視することにした。
そんなこんなだったので、町へつくころには勇者の体はボロボロに……と思い気や、意外にも引きずられたためにできた汚れしかなかった。勇者は魔法が得意なので、迫り来る魔物を魔法で倒していたのかもしれない。
「……魔物の断末魔なんてあったか?」
自分の耳にはそんな音、届いてなかったはずだが……。と、ヒールは首をかしげたが、足早に宿を探そうと歩き出した勇者によってその思考は遮断された。
「待てって!」
慌てて勇者の後を追うヒール。勇者はそんな言葉は聞こえていないと言わんばかりに足を速める。
「お前っ……! わざとか!」
眉間に皺を寄せたヒールは勢いよく走り出し、勇者に狙いを定め、ジャンプした。ヒールの着地点には勇者がくるように計算してある。
「ぬわっ?!」
何らかの攻撃はしかけてくるだろうと予測していた勇者だが、この展開は予想できなかったとヒールに潰された。
二、三メートルの高さまでジャンプできるヒールに潰された勇者はヒールの下でぴくぴくすることしかできず、もう宿屋どころの話ではなくなっていた。
「よし。んじゃ宿屋を探すか」
「……ま、待て……っ!」
再び勇者の襟首を掴んで移動し始めるヒールだが、今の勇者にはそれがかなりの苦痛となっている。
「オレは僧侶だけど回復魔法なんて使えねーからな」
自業自得だと笑いながら歩くヒールに勇者は何も言わなかった。喋りたくないほどのダメージだっとというのもあるが、勇者はヒールの僧侶らしくないところが気に入っている。
だから一緒にこさせた。今さら僧侶らしくないからといって文句を言う気はない。
「お、ここはどうよ?」
しばらく歩いて、丁度よさげな宿屋をヒールが見つけたころには勇者は完全回復していた。
「じゃあ入るか」
「おう。…………ん?」
「どうした。置いていくぞ」
「お前、何でそんなに回復が早いんだ? あれからまだ一時間も経ってないだろ」
「仕様だ」
「それで全て済まされるとでも――」
「思ってる」
堂々と、何の負い目もなく言い切ってしまう勇者を見ていると、こいつに口答えしても無駄だなと思ってしまうヒールはため息をついておとなしく宿屋へ入った。
「いらっしゃいませ。旅のお方。一晩20Gです」
宿屋の娘が笑顔で言う。
「20Gか。良心的だな」
旅をしている者は持ち合わせが少ないことも多い。だから値段が安い宿屋は重宝される。
「……タダだ」
良心的だと笑っているヒールの横で勇者が言った。
「オレは勇者だ。勇者から金を取ろうなどとは言語道断だ」
それはあまりにも勝手すぎるだろ。むしろ職権乱用じゃねーかと思ったヒールは勇者の後頭部を素早く殴り、宿屋の娘にこんな奴の言うことは無視していいと言った。
「いいえ。勇者様からお金を取るだなんて……」
折角のヒールの好意だったのだが、宿屋の娘は笑って言った。
一方、勇者の方はヒールにしてやったりな顔を見せていた。
ヒールは勇者が関わるとみんなおかしくなってしまうのかもしれないと思っていた。
2.利害一致
勇者は楽と面白いことが好き。
ヒールは戦うことが好き。
そんな二人が旅の途中で魔物と出会い戦うことになった場合の話。
見た目は炎のようだが、触れると冷たくて腕が凍ってしまうような魔物がヒールに迫り来る。その横からは愛らしい兎のようなのに、凶悪な角と牙を持つ魔物がヒールを攻撃する。
ヒールは腰にある謎の液体の入った瓶を高く放り投げ、首輪の力を借りて自分が使える数少ない魔法を使った。その魔法は炎。炎は謎の液体の入った瓶を破壊し、さらに液体に引火した。
炎と化した液体はあたり一面に飛びちり、炎のような魔物を消滅させた。
間一髪のところで逃げた兎のような魔物は仲間を呼び、数で対抗する策にでたようだ。
「…………っち」
舌打ちをしつつも、ヒールは楽しそうに構えた。魔法や小道具で戦っても面白くない。楽しいのは肉弾戦なのだ。
迫りくる兎の一匹を殴り、一匹を蹴り、その隙に三匹くらいから刺され、噛まれる。服が赤く染まるがそんなことは気にしない。
ヒールは心底楽しそうな表情で戦いを繰り広げている。そんな場所の近くには大きな木があった。陽射しを遮ってくれる丁度いい木だった。
その下に勇者はいた。どこからか見つけてきた本を読み、時折ヒール方を見てはまだかまだかと口を挟んでくる。
「うるせー! お前も戦え!」
当然の意思表示をすると、勇者は人を小馬鹿にした笑いを見せた。
「何言ってんだよ。オレは楽がしたい。お前は戦いたい。利害一致ってやつだろ?」
3.腰の瓶の謎
ヒールの腰にはいつも謎の液体が入った瓶があった。
始めは酒か何かだと思っていた勇者だったが、ヒールが酒を飲んでいるところを見たことは一度もない。
「おい、それは何だ?」
気になった。だから聞いてみた。
「……これか?」
勇者が指差す瓶を持ちあげた。
今日の液体の色は赤紫。しかも怪しげに発光していた。
「…………あ、ああ……」
昨日は美しい青だったというのに、この差はなんなのだろうか。
「今日は……えーと」
瓶とベルトを繋いでいる紐を外し、ヒールは辺りを見回した。ただっ広い草原なので、特に人影も見えない。
「ま、大丈夫だろ」
一人で勝手に自己完結したヒールに多少の不満を覚えつつも、勇者はヒールの次の行動に少なからず胸を高鳴らせた。
基本的に楽しいこと、面白いことならばなんでもいいのだ。
瓶を片手に、ヒールは大きく振りかぶり、投げた。
素手で魔物を倒すことのできるヒールが投げたのだから、瓶はどんどん遠くへ飛んでいく。どうやら、目標は少し離れたところにある大岩のようだ。
そして、瓶が岩に辺り、砕けるとともに中の液体が空気中へ飛散した。その瞬間、辺りに轟音が響いた。
凄まじい爆風により、勇者とヒールは必然的に腰を下げる。
「な、何だぁ?!」
勇者の問いに答える者はいない。
爆風がやんだ後、大岩のあったところには小さなクレーターのようなものができあがっていた。
「……おい、あれは一体……」
恐る恐る勇者が尋ねてみる。
「今日は爆薬だったようだ」
「今日はってことは……」
毎日、違う色をしている液体から予想はついていたが、勇者は聞かずにはいられなかった。
「おう。毎日中身が変わってる。
ちなみに、オレの自作だ」
恐ろしいことを聞いてしまった。
本当に僧侶かどうかも怪しいヒールが作った薬。回復系のものである確率は少なそうだ。まあ、勇者もヒールも回復の薬を使うことはまずないので必要ないものと言ってしまえばそれまでなのだが。
「今度飲んでみるか?」
いい笑顔のヒールだったが、勇者は謹んで辞退させていただいた。