勇者と僧侶の目の前にあるのは馬鹿馬鹿しいほど巨大な城。
「ようやく辿りついたな……」
感慨深げにヒールが言うが、その横で勇者は軽く首を傾げた。
「そうか? 話数にしてわずか三話――」
「メタな話してんじゃねーよっ!!」
話数などと言い出した勇者に、殺人的威力を持つチョップを喰らわせたヒールはため息を一つついて城の扉を破壊した。
「…………お前も乱暴だよな」
「なんか言ったか?」
「いや……」
始めて出会ったときから変わってないヒールの性格に思わず笑みがもれたが、さすがに二発もチョップを喰らうのは遠慮したい勇者は目を逸らしておいた。
破壊された扉の向こう側には、哀れにも扉の破壊に巻き込まれた魔物が何体か倒れている。
「可哀想に……」
一見、同情しているかのようにも聞こえる言葉だが、肩をプルプル奮わせながら言っているので説得力がない。
「その可哀想な奴の仲間が襲ってくるぞ」
「戦闘はお前の役目だろ?」
「ふざけんなっ!」
迫り来るモンスターを目の前に、二人は相変わらずの口喧嘩を始めた。
二人の力をよく知らぬモンスター達は、隙を狙えば余裕で勝てると思いこんでいた。それが、間違いだと気づくのは黄泉への片道切符を手にしてから。
中身はとてもじゃないが、勇者にも僧侶にもなりえない二人だが、強さだけならば誰にも負けない自信を持っている。
「かかってきてんじゃねーよ」
「この雑魚共がっ!」
さらにはマヌケ、クズ、ゴミなどなど、この世に存在するありとあらゆる罵倒の言葉をモンスターに浴びせ続けた二人の目の前には、たった一匹のモンスターも残らなかった。
「魔王なんて放っておけばいいと思うけどなー」
勇者がとんでもないことを言ってのけた。
「ダメだろ。普通に」
「何で」
冷静にツッコミを入れるヒールに勇者は口を尖らせる。
「魔族に世界征服なんてされたら不味いだろ?」
「……別にオレには関係ないんだけどなぁ」
「………………お前が勇者なんだよな……」
ヒールは泣きたい思いを何とか抑えこむ。もう慣れたものだ。
こんなのが『勇者』などとは到底信じがたいが、神とのやり取りをそれは鮮明に語ってくれたのだから、疑いようがない。認めたくはないが。
「オレは楽しくて楽ならなんでもいいし」
黒さを隠した勇者の笑顔はあまりにも眩しかったので、ヒールはとりあえず顔面を殴って置くことにした。
「――ってぇな!」
「本当、お前ほど『楽』って言葉が似合う奴、知らねぇよ」
鼻で笑っているものの、ヒール自身楽しそうな表情をしている。
ヒールは認めないが、勇者とヒールは気の合う仲間だ。
「お、とかなんとかやってるうちにボス戦だぜ」
「ボス戦とか言うなって」
一応、自分の義務なのでツッコミを入れるが、ヒールの心は今までにないほど高鳴っていた。魔王の存在は今までも何度か現れていたが、今回の魔王がどのような姿なのかは誰も知らない。
どんな姿で、どんな戦い方をするのだろうか。
「開けるぞ」
「……お前、楽しそうだな」
わくわくした思いを隠し切れなかったヒールの言葉に、勇者はあきれつつも頷いた。
「んじゃ、ご対面!!」
勿論、普通に開けるなんてことはない。
城に入ったときと同じく、拳で無理矢理扉を開かせる。一々、ダンジョンを彷徨い、鍵を探すなんて真っ平ごめんなのだ。
「――――ノックもないのか。人間はろくに礼儀も知らないようだな」
扉が崩れ、もうもうと煙がたちこめているため、魔王の姿は二人の目に映っていない。だが、少年のような声が響いてきた。
「敵に礼儀が必要なのか?」
「最低限の礼儀としては……」
勇者の疑問にヒールが少々困り顔で答える。
「まあ、人間の分際でよくここまで――」
「どうせ殺すんだからいいじゃねーの?」
「そうだけどよ……」
「かなりの力はあるようだが――」
「面倒なんだよ」
「面倒とか言うな」
「この私の力には――」
「うるせえな。オレの母親か」
「お前みたいな息子いらん」
「――私の話を聞けぇぇぇ!!」
お決まりの口上を述べようとしているというのに、ことごとく無視された魔王はとうとう怒りを爆発させ、魔力の圧力で二人を後方へ飛ばした。
「なっ?!」
いきなりの攻撃に、受身をとれなかったヒールは壁に激突し、何故か若干後ろに下がっただけですんだ勇者は魔王と睨みあっていた。
「なんだ。お決まりの口上しか言えない奴に文句を言われる筋合いはないぞ」
「貴様らのような礼儀知らずにもわざわざ言ってやってるんだ。ありがたく思え」
「大した目的もなく、ただただ世界征服を目指してる根暗野郎は黙ってればいいんだよ」
「私がなんの目的もなく世界征服をするとでも思ってるのか」
「何……?」
ヒールですら口を挟むのを躊躇させる雰囲気に終止符を打ったのは魔王の言葉だった。
「まず、世界征服をすることにより、私は人間どもに魔族の言語を学ばせる。これにより、魔族が一方的に虐げられることも、嫌われる事もなくなるだろう。そして、一人の王を作ることにより、世界は統一され、大規模な戦争は起こらなくなる。この広い世界全てを見渡し、統率できるのは寿命も長く、力もある魔族だけだ。
そうすれば、人間達は争いをなくし、恵みを与えた王として私を讃えるだろう。すなわち、私と同種族である魔族達も自然と敬れることとなるだろう。だからと言って、人間どもを格下に見るということなどせんぞ? 魔族全体にもその旨を伝え、種族同士の意思の疎通をはかる」
その後もつらつらと続く魔王の未来像。立ち上がったヒールは勇者の耳もとで囁いた。
「……えらく、真面目な魔王だな」
「……ああ。立派だな」
魔王は悪。それは偏見でもなんでもなく、人間から見れば当然のことだったはずだ。それなのに、目の前にいる魔王の未来像を聞くかぎりでは、人間に不幸をもたらすようなことはするつもりがないらしい。
むしろ、世界を平和にしようとしている。
「何で、何であいつが勇者じゃなかったんだっ!」
思わずヒールは叫んだ。
「オレだって真面目だろうが」
「寝言は寝てから言え」
魔王の演説をBGMに、ボソボソと交わされる会話。それは魔王の耳にも届いた。
「き〜さ〜ま〜ら〜!」
とうとう堪忍袋の尾が切れたのか、魔王は足元にあったスイッチを踏んだ。
「――――っ!!」
その瞬間、ヒールの足元に大きな穴が空き、ヒールは吸い込まれるかのように落ちていった。
「あーあ。落ちちまったな」
「ふっ。仲間が心配か?」
これで少しはまともに会話ができるだろうと思った魔王は余裕たっぷりに笑う。
「…………いや、好都合だ」
勇者はニヤリと笑った。
「な、何?」
「若僧にいつまでもいい気にさせておくのもどうかと思ってな」
勇者が一歩進むと、魔王は一歩下がる。それは意識したものではない。
本能が逃げろと言うのだ。これ以上近づかせてはいけないと叫ぶのだ。
「ヒールの願いは叶うな。
………………数百年後の話になるがな」
今までも、勇者はとてもじゃないが勇者という職についている者なのか疑わしくなるような笑みを何度か見せていた。だが、それらの笑みなどよりも、今、魔王に向けている笑みの方が数百倍恐ろしい。
「オレは勇者ああああ。
だが、オレは勇者になるまえは別の職についてた」
どこからともなく勇者は大剣を取り出し構える。
「当時のオレは欠陥品だった」
軽く跳躍し、魔王に剣を突き刺そうとする。
「感情がなく、ただ義務感に突き動かされて行動してた」
だが、魔王は勇者の剣を寸前のところでかわし、闇の球体を己の周りに作り出す。
「正直な話、多分部下達もオレのこと嫌ってたんじゃないかと思う」
魔王が作り出した球体は勇者に向かって飛ぶが、勇者もそれを華麗にかわす。
「それでも部下はオレについてきた。オレが、強かったから」
剣を繰り出さず、炎を召喚し、魔王に叩きつける。
「オレが強かったから、オレの片腕がこんなのでもついてきた」
悲しげに目を細めた勇者は、左腕全体を隠していた長い袖をまくり上げた。
「……そ、れは」
魔王の目が驚きのあまり見開かれる。
「そ。モンスターの腕だ」
人間の手をしている右腕とは明らかに違う腕がそこにはあった。
腕は毛むくじゃらで、手の甲辺りは鱗になっている。爪は肉など簡単に裂いてしまえるほど鋭い。
「さあ問題。オレは誰?」
勇者が意地悪気に嗤った。
「―――――先代魔王?」
おそるおそる口に出した魔王に、勇者は笑顔を向けた。
「ピーンポーン。正解です」
魔王によって、落とされた穴のそこにはありえない数のモンスターがいた。
ヒールは何とかその場にいたモンスターを全滅させ、再び魔王の部屋を目指し歩いていた。だが、さすがに大勢対一人というのはきつかったようで、体のあちこちに傷をつくっている。
「ありえねー」
「んと、ありえねーよ」
疲れのあまり呟いた言葉に返事が返ってきた。
「……なんだ、終わったのか」
「おう」
勇者は笑う。
「んじゃ帰るか」
「そうするか」
ぼろぼろな僧侶と、傷一つない勇者。
世界の平和は守られた?
END