神殿には一人の男がいた。男はこの世界の勇者。今、神の啓示を受けて任務に出ようとしているはずだ。
「だから。俺は楽で危険がなくて、かっこよくて、巨大な富が手に入って、勇者らしい仕事じゃないと受け付けん」
 無茶苦茶を言っているが、この男はたしかに勇者なのだ。世界中の者が認めなくても、そうなのだ。
「お主……。本当に勇者か?」
 さすがの神もあきれ口調で尋ねる。
 勇者といえば、利益に関係なく人を助け、どんな苦難をも乗り越える人物のはず。それがどうだ、目の前にいる男は。
 何一つ勇者らしい風貌ではない。その辺を歩いている農民となんら変わらない服装をしており、腰にあるはずの剣もない。本人曰く邪魔だそうだ。一体どうやって魔物などと戦うつもりなのだろうか。
「当たり前だ」
 神の言葉に男ははっきりと断言した。
「俺の名前は『ああああ』だぞ」
 ここで勇者の名が判明した。判明して良かったと思える名ではないが、判明してしまった。
「どこのRPG?! 途中で適当な名前に嫌気がさしてリセットするはめになるぞ?! いや、むしろそんな名前をつけた親の気がしれん!!」
 思わず神がツッコミを入れたが、即座に勇者がどこからともなく看板を取り出した。
 そこに書かれているのは

『10点』

「10点って何?!」
「ツッコミの点数」
 10点の意味がわからず突っ込みながら聞いてくる神に勇者が答えた。
「まず、ツッコミが長い。あれなら『どこのRPG?!』だけでも十分だろ。
 あと、テンション上げすぎ。ウザイ。個人的に」
「個人的に?!」
「あ、あとやたら『?!』使いすぎ」
 勇者の採点は辛口評価であった。というよりも、ボケにツッコミを採点されるというのはどうなのだろうか。
「第一、あんた仮にも神なんだろ? もっとしっかりしろよな」
 前言撤回させていただこう。神を採点したりする勇者というのはどうなのだろうか。もしかしたら何かの間違いなのではないだろうか。神の前にいる者は勇者というよりも魔族の者と言ったほうが納得できるかもしれない。
「……では勇者 あああああ よ」
 勇者にそこそこの正論をいわれ、勇者のボケに惑わされることないように気を引き締めて神がやり直そうとした。
「あああああ じゃねえ!!」
 神に向かって投げつけられたのは先ほどの『10点』の看板。
「何だと?! さっき言ってたではないか!」
「『ああああ』だ! 『あああああ』じゃ一個『あ』が多いんだよ!
 あと、やたら『?!』を使うなっつただろ!」
 おまけといわんばかりにもう一つ神に投げつけたのは真っ赤に熟れたトマト。
 上から読んでも下から読んでもトマト。
 それを投げつけられた神の体は見事に真っ赤に染まった。純白の服も、神々しい白髪も白い髭も全て。
「うわ。殺人でも犯したのか? おっさん」
 とうとう神に向かっておっさんなどと呼ぶようになった勇者を誰かどうにかしてください。いや本当に。
「き、さ、ま!! あの一瞬で何個のトマトを投げた!」
「10個」
 勇者はやたら『10』にこだわっているようだ。
「……というか、怒鳴るな。トマトの汁が飛んでくる」
 心底迷惑そうな顔で勇者が言う。今更トマトの汁が飛んでこようが、泥の中に頭から突っ込もうが、対して差はないくらい汚れた姿だというのに。
「そこは唾だろ!」
 ある種正論を神が述べる。
「あんたに体液などと言うものは存在しない。血を含む」
「それは暗に血も涙もないということか!」
 いくら何でもな台詞に神が半泣きになりそうになりながら言う。どうやら涙はあるらしい。
「イエスアイドゥー」
 対して勇者の方は満面の笑み。これ以上ないくらい幸せそうだ。
 神いじりが趣味の勇者とツッコミ体質の神の戦いはまだ始まったばかりである。




 そして放置された魔王。
「ええ! もう少しくらいオレに触れてくれよ?!」
「お前も『?!』を使うな!」


終われ