もう少しだけ。と、いう約束のもと、小町達はギルドの前に集まっていた。
昨日、依頼を受けていないため、今日は何らかの仕事をしなければならない。小町の財布の中は、剣を購入したことで、空に近い状態になっていたのだ。
「さっさと行くぞ」
大空が歩きだすと、椿が後に続く。言葉は交わしていないものの、昨日のような険悪さはない。切り替えが早いのか、小町の頑固さに諦めをつけてしまったのかは定かではない。二人の背中を見つめた後、小町が彼らに続く。
いつも通りの人の多さではあるが、大空と椿に気づくと大半の人が道を開ける。登録の日に騒ぎを起こしているため、彼らの顔は以前にも増して広くなってしまったようだ。マーケットの日に、大空が名前を呼ばれることを嫌がったのにも納得がいく光景だ。
「あ、おはようございます」
受付にいたのは、成華ではなく金来だった。人の良い笑みを浮かべている彼は、小町達の姿を見つけるとすぐに依頼をいくつか提示してくれる。依頼の内容は細部こと違えど、カテゴリーとしては今までのものとそう変わらない。
三人で肩を並べ、狭い受付で依頼に目を通していく。真剣に選んでいるのは大空と小町で、椿は適当な依頼書を手にして目を通しては戻すという作業をして暇を潰していた。小町達はそれに文句を言うでもなく、依頼を選ぶ。椿が面倒くさがりなことくらいは、とっくにわかっていた。
「これなんてどう?」
小町が指差すと、大空と椿が依頼書に目を向ける。
「山賊退治?」
大きく書かれている文字を椿が読み上げる。
依頼書の中身は、近くの山に出没するという山賊の頭を捕まえてくれ。と、いうものだった。詳細の部分を見ると、最愛の者を山賊に傷つけられたため、捕まえて欲しいと書かれている。最後に、再起不能にしてくれてもいい。という恐ろしい文面があったが、そこはあえて見ないことにする。
「あー。こういうパターンもあるのね。大空、あんた気をつけなさいよ」
文字に目を通しながら椿が言うと、オレはちゃんと考えて狙ってる。と、大空が断言する。
ある程度の盗みや、それに伴う負傷に関して、この国は寛大な処置を施している。現行犯で捕まえない限りは合法とされている。しかし、盗まれる側や怪我をさせられた側の人間がそれで納得するかといえばまた別の話。
その結果、腹に据えかねた人々はギルドに相手を倒すようにという依頼を出すのだ。捕まえられた盗賊や山賊はギルドの牢屋に入れられ、依頼主の支払額に応じた日数を牢屋で過ごすことになる。
「金持ちなら、自分の家の警備の甘さの露呈を恐れて依頼しにこない。普通の家庭の奴はこういった依頼をするくらいなら仕事をして金を取り戻すって方向にいく。
これはそこそこの金持ちか、よっぽど腹に据えかねる物を盗まれたか、傷つけられたか。そういう奴しか使わない手だからな」
職業柄、安全に関する情報は必要なのだろう。普通に生活しているだけでは、知ることのなかった情報に小町は目を丸くする。昨日のマーケットでは財布を盗んでいたが、今までは富豪の屋敷に盗みに入っていたのだろう。だからこそ、彼の名は広くしれわたっている。
「じゃあ、これお願いします」
「はい。じゃあ手続きしますね」
幸い、小町達は戦うのが得意だった。仲間に盗賊がいることもあり、山賊の隠れ家にも当てがある。まだ回復しきっていないパーティ間の空気を戻すためにも、戦うことで胸に溜まっている靄を吐き出すこともできるだろう。
「期限はありません。捕まえたらこちらまで連れてきてください。再起不能にした場合も同様にお願いします」
「再起不能にはしたくないんですけど……」
小町が苦笑いを返す。
相手と力の差がなければ、再起不能もやむを得ないとわかっているが、できることならば多少の怪我程度で済ませたい。
「お前、そんなのでこれからやっていけるのか?」
不意に、大空の声が小町に届いた。
少し驚いて声の方向を見ると、真剣な目をした大空と目が合う。一直線に小町を射抜くその瞳に、彼女は言葉を失った。
「これからも仕事を続けるんだろ? 例え、オレらと解散することになっても」
問いかけに小町は頷く。仕事をしなければ生活することができないのだから、当然の答えだ。大空もそのことはわかっているので、深く問い詰めてくるようなことはしない。
「採取の仕事も、魔物退治の仕事も、街の外の仕事だ。襲われることだってある。だからこそ、護衛の依頼が入ってくるんだ。
もしも襲われたとき、相手に情けをかけてる余裕なんてないぞ」
冷たいようだが、大空の言葉は優しさだ。小町はギルドに入る前に、依頼人であったはずの刹那に騙され危うく殺されかけたことを思い出す。あの時、小町は大したことは何もできなかった。本当に戦わなければならなかったとしたら、自分は剣を振ることができるのだろうか。自分に問いかけてみる。
魔物を退治するときのような軽さで、相手を突き刺すことなどできないだろう。同じ命だとしても、己と同じ形をしているというだけで、小町の手は震える。
「――わからない」
目を伏せ、首を横に振る。
「わからないってお前な……」
「お話の途中で、大変申し訳ないのですが、他の人の迷惑になるので移動してもらえませんか?」
言葉を続けようとした大空を金来が遮る。見れば、他のパーティが後ろにいた。
間違っているのはこちらなので、大空は素直に場所を移動する。改めて話を切り出すのも違うような気がしたので、ため息を吐いて外へと足を進める。小町がそれに続き、一番後ろを椿が歩く。
昨日とは違った空気の重さがあるが、依頼を受けているのだから黙ったまま進むわけにもいかない。
ギルドを出ると、大空は目的地を口にする。近くにある小高い山に山賊は出没するらしい。
「あの山は何度か行ったことがある。山賊の隠れ家になりそうなところもいくつか知ってる」
手分けして探すという手もあるが、わかりやすい目印が山の中にあるはずもないので、三人はまとまって行動するしかない。特に打ち合わせをすることもなく、三人は山へ向かうため街を出た。事と次第によっては日をまたぐ可能性もある依頼だが、現在の調子で夜を共に過ごすことなど不可能なので、野宿の準備も必要ない。
道中、日が暮れ始めたら下山することにする。と、三人の中で決まった。反対をする者はいなかった。
「はぐれんなよ?」
「まかないでよ?」
大空の言葉に、椿が間髪入れずに応じる。
始めての仕事の時に、椿が追いつけないような早さで駆け抜けたことを根に持っているようだ。ただでさえ目つきが悪いというのに、意図して睨んでいるとなれば、その恐ろしさは普段の比ではない。
「今回の仕事は、お前の魔法にかかってるからまかねぇよ」
いつものパターンで、軽い喧嘩に発展するのではないかと思いきや、意外な言葉を大空は口にした。椿も驚いたのか、目を丸くしている。
「抵抗する相手に対して、小町が拘束なんて出来ると思うか?
オレが拘束するにしても、仲間もいるだろうから難しい」
大空は椿を見た。
「お前が親玉を拘束。雑魚は小町がいくらか相手すれば、適当に散っていくだろうからそしたらオレがしっかり親玉を縛り上げて、ギルドにまで運ぶ」
ある程度の決まりがあるとはいえ、やはり魔法というのは便利なものだ。離れた場所からでも相手を拘束できるというのは、非常に使い勝手がいい。普段は力技ばかりだが、椿の魔法には、そんな使い方もあるのだと大空が説明していく。
彼の説明に納得がいったのか、椿は、それなら安心だと言う。
「じゃあ、行きましょ」
その言葉をきっかけに、大空が歩き始める。その後に椿が歩き、椿の様子を見ながら小町が続く。
隠れ家を探すのだから当然のことなのだが、足場が非常に不安定だった。人が足を踏み入れないような場所を進むため、身軽な大空はともかく他の二人はどうしてももたついてしまう。椿のように、元々機能性に富んだ服でないのならばなおさらに。
「おいおい。その調子だと何日かかるかわからねぇぞ」
二人よりもずいぶん先に行ってしまっている大空が声をかける。それほど大きな声でないのは、山賊に気づかれないようにだろう。
「あー。せめて着替えてから来たほうがよかったか?」
今さらな後悔を口にするが、椿が山登りに最適と思われるような服を持っているとは思えなかった。何せ、彼女は引きこもりと称されることがある人物だ。
手助けするにも方法が見つからず、大空は奮闘している二人を気にしながらも辺りを見渡す。木々の陰に隠れ、近くには川も流れている。経験上、こういった場所にアジトを構えることが多い。
目当ての場所をいくつか回ることは覚悟しているが、できるだけ一度で見つけてしまいたい。山賊がいる可能性が最も高いところに、大空は迷わず足を向けている。
「大丈夫?」
「だったら良かったんだけどね」
息を荒くした椿がようやく大空に追いつく。
「もう近い。ここからは離れるなよ」
「……約束はできないわ」
「……考慮する」
これから先のことを考えるのならば、椿には体力をつけてもらいたい。そんなことを大空は考えた。無意識のうちに浮かんでいた思考回路に頭を振る。
簡単な口約束ではあったが、もう少しだけ。と、昨日言ったばかりのはずだ。後々のことを考える必要などないはずなのだ。
「足音、気をつけろ」
「了解」
川のせせらぎを耳にしつつ、大空は足音を消す。地面には枯れ葉や木の枝が落ちているので、足音を消すのは難しい。しかし、職業柄か、大空はそれを簡単に成す。問題は小町達だった。
常人ならば気が付かないくらいの音だが、相手は山賊だ。自然とは違う音に敏感に反応したとしても何ら不思議ではない。
「お前らちょっとここで待っとけ」
最良の策を考えた結果、大空はこの言葉を口にした。
疑問を口にしようと、小町が口を開いたが、そこから言葉が零れる前に大空は無音でその場から駆けだした。
彼の頭の中では、もしも狙っている場所に山賊達がいたのならば、一先ず自分と小町が先に山賊達と応戦し、その隙に椿が親玉を捕らえればいいという案が浮かんでいた。それならば、足音がばれたところで構いはしない。
「っと、流石オレ」
木の陰に隠れて覗いてみると、予想通りの光景がそこにある。
洞窟の前に数人の男が立っている。彼らは見張りだろう。親玉は洞窟の奥にいるはずで、おびき出すためにも雑魚との応戦は必要なことだ。大空は口角を上げ、二人のもとへと戻る。最低限の動きで、音もなく帰ってきた彼に、今さら二人は驚きはしない。
「大当たり」
その一言に、二人は小さく頷いた。
大空は作戦を話す。まず、小町と大空が騒ぎを起こす。つられて出てきた親玉を椿が捕まえ、後は先ほど決めた作戦通りの動きだ。積極的に戦闘へ参加する性質の椿は、二人だけが思う存分暴れられることに不満があるようで、小さく唇を尖らせていた。
しかし、そんなわがままを言ってもしかたがないということは理解しているのか、文句までは飛びださない。
「じゃあ、オレ達は先に行くぞ」
開口一番、大空が走りだす。音を立てることも作戦のうちなので、先ほどのように音を消すようには動かない。がさがさと激しい音をたてながら駆けて行く彼の背中を、おぼつかない足取りで小町が追う。当然、枯れ葉や小枝が折れる音がしている。
椿は彼らの一番後ろを、自分のペースでゆっくりと歩く。のんびりしているつもりはないが、彼女の服装上、素早く動くことができない。
「何だお前ら!」
「ありがちな台詞をどうも」
真っ先にアジトへ到着した大空は愛想笑いを浮かべながら、ナイフをいくつも投げる。下っ端に突き刺さったナイフは、彼らに悲鳴を上げさせる。悲鳴は餌となり、中にいる獲物達を引き寄せる。
数人の男が出てきたところで、小町が追いついてきた。
「この剣の調子を確かめるには、丁度いいかもね」
鞘から剣を抜き、男達と対峙する。
「やっちまえ!」
怒号と同時に、男達が小町へと襲いかかる。大空は一歩さがりつつも、先ほど投げたナイフに括りつけたあった糸を手繰り寄せ、再び男達へと投げつける。後ろにある洞窟からわらわらと、虫のように現れる下っ端共に大空は軽く舌打ちをした。
親玉の姿さえ見えれば、終わりは早いだろう。だが、肝心の親玉が見えてこない。
眉間にしわを寄せた大空に対し、小町は楽しげに剣を扱っていた。軽く振り払い、足を使って目の前にいる男を地面に倒す。右側から迫り来る男の腕を剣で貫き、すぐさま引き抜くとその場を離れる。
他人を再起不能にするのを厭うていた女と同一人物とは思えぬ戦いっぷりだ。
軽いステップで多くの下っ端共の動きを封じていく。そんな彼女を横目に、大空は地面を蹴り、近くにいた下っ端の頭を踏み台にしてさらに高く跳ねる。周りにいる全ての人間を見下ろしながら、どこからか細い試験管のような物を取り出す。
洞窟に狙いを定め、それを投げる。
試験管は真っ直ぐに洞窟の中へ向かい、大空が地面に着地する一瞬前に、洞窟の入り口に落ちた。ガラスが割れた音と同時に、試験管が落ちた場所から白い煙が大量に溢れだす。風は洞窟へ向かっていたため、多くの煙が洞窟の中へと入って行った。
「何アレ!」
小町の問いに大空は答えない。先ほどまで二人に襲いかかってきていた下っ端共も、突然の煙に呆然としている。
「な、何だ! 何が起こった!」
洞窟の中から男達が出てくる。未だ洞窟の中にいた者達が、煙に驚いて外へ飛びだしてきたのだ。
男達の中には、他の者とは明らかに違う派手な男がいた。親玉です。と、名札を張っているのとほとんど同じだ。
「親分! あの野郎が何かを投げて……」
下っ端の言葉に、派手な男が親玉であることが確定する。馬鹿な親玉のもとには、馬鹿な下っ端が集まる。大空は軽く渋い顔をした。そのことには誰も気づかなかったが、騒ぎの原因である大空は当然のごとく狙われる。
派手な親玉の号令と共に、大空へ向かって何人もの男達が迫り来る。
大空は視界の端で、赤色が動いたのを確認しつつ、地面を蹴る。周りより高い位置で感じる風に心地よさを覚えながら、ナイフを構える。狙うのはすぐ近くにいる男達ではなく、人を二人挟んだ距離以上のところにいる男達だ。
ナイフが空を切る。剣が大空の周りにいた男達をなぎ払う。
大空が地面に着地する頃には、赤色、つまり小町が周囲の男達を戦闘不能にしていた。それでも下っ端が減った気はしない。
「ギャアッ!」
まだかと焦れる寸前に、奥から悲鳴が聞こえた。
ざわつく下っ端共に、大空と小町は作戦の成功を悟る。
「親分!」
「何だこれ!」
二人の位置からは見えないが、椿の魔法が親玉を捕らえているのだろう。
「お前ら! 今なら逃げてもいいぞ!」
回収したナイフを構えながら叫ぶ。
一瞬の静けさの後、まるで蜘蛛の子を散らすように下っ端共が我先にと逃げ出す。その様子を見ながら、大空は再び渋い顔を作る。
「大空?」
訝しげな表情をした小町に覗きこまれ、大空は渋い表情を崩す。
「何だよ」
「今、何か……怒ってた?」
「んなわけねぇだろ」
冷たい言葉を投げ、大空は大きな闇に体を捕らえられている親玉のもとへ足を進める。
「上手く行ったわね」
後ろから椿の自慢げな声が聞こえてきた。
近づいてくる足音を耳にしながら、大空は囚われている親分の顔を見る。改めて見てみても、あからさまなほどに派手な姿をしている。立派ともいえるほどたくわえられた髭も、山賊らしいといえばらしい。
「んじゃ、こっちで縛り上げるとするか」
鞄から荒縄を取り出し、大空は椿に上半身の拘束を解くように言う。
抵抗されるのではないかと、小町は心配げな顔をしていたが、親玉の上半身が解放されるのとほぼ同時に大空は荒縄を男にかけていた。素早く縛り上げられた親玉を確認すると、椿は魔法による拘束を解く。
「それだけ早いなら、あたしの魔法なんていらなかったんじゃない?」
「あれだけの敵の中じゃ難しいぞ。流石に」
難しい。であって、無理だとは言わないところに、大空のプライドを感じることができる。
「何はともあれ、後はギルドに行けば依頼達成だね」
笑う小町に二人は頷き、大空は椿へ荒縄の先を渡す。
「……あたしが引っ張るの?」
「お前が一番力があるだろ」
正論ではあるのだが、納得がいかない。
複雑な表情をする椿をよそに、歩きやすく立ち上がることを許された親玉が忌々しげに口を開いた。
「貴様、無風だな?」
枯れた声に三人が親玉の方を見る。
捕らえられているとはいえ、外傷はほとんどない彼は殺気を隠すことなく怨念のような声で言葉を吐き出し続ける。
「一匹狼気取りのいけすかねぇ野郎だと思ってたが、ただの女好きだったみてぇだなぁ。
女を二人もはべらせて、デート気分で仕事してるんだろ? 賊の面汚しめ。女なんぞはな、アジトに監禁して遊ぶ玩具だろうが。
情けねぇとは思わねぇのか。てめぇはよ!」
「おい、ふざけんじゃ――」
不快感を隠さぬ声を出した大空が、親玉に手を伸ばした。しかし、その手が親玉に触れることはなかった。
「ふざけないで」
椿によって荒縄を引かれた親玉はバランスを崩し、再び地面に伏すことになっていた。
親玉が顔を上げると、いつも以上に赤々と煌いている椿の瞳と目があう。
「あたしはこんな奴の女になった覚えはないわ」
さらに強く荒縄を引くと、親玉の体が地面で汚れていく。しかし、椿がそんなことを気にするはずもなく、下山するべく足を進めて行く。
「デート気分で仕事をしたことなんて、誰一人、一度だってないわ」
どんどん進んでいく椿の声に、親玉の呻き声が混ざる。あちらこちらに散らばっている小石が体を傷つけているのだろう。
彼女の背中を呆然と見ているだけだった大空と小町は慌てて後を追う。
ただ一つ、大空の心に小さな棘が刺さっていた。
mission 11