いつもの場所に集合した面々に、椿が一枚のはがきを差し出した。
「何これ?」
「酒場のマスター。店、直ったんだって」
 椿の手によって無残な姿となってしまった店がようやく修繕できたのだ。元々酒場で仕事を引き受けつつも、家から出ようとしなかった椿の住所だけはマスターも知っていたので、こうしてはがきが届いたらしい。
「一応伝えておこうと思って」
 伝える必要があったかはわからないが、小町はマスターに世話になったと言っても過言ではない。彼のおかげで、こうして仲間ができたのだから。小町ははがきを手に、少し悩むような様子を見せた。
 彼女の様子を見ていた椿は、不意に大空の姿が見えないことに気づいた。
 まさか、今さらになって行方をくらませることにでもしたのだろうかと、辺りを見回す。
「あ、いた」
 視線を彷徨わせれば、意外にもあっさり大空の姿を確認することができた。
 彼はマーケット後のような重い空気こそないものの、どこか違った空気をかもしだしている。
 面倒くさげに細められている目も、椿からしてみれば暑そうだとしか感じない服装も、何一つ変わっていない。しかし、明らかにどこかが違う。大空から視線を外し、椿はどこがおかしいのだろうかと考えた。その間も、小町は何やら悩んでいる。
 答えの出ない小町を眺めながら、頭をゆるく動かしていた椿は、違和感の原因に気がついた。
 二人がいる場所と、大空がいる場所が、あからさまなほど離れている。知りあいか否か微妙なほどの距離感だ。今までとて、それなりに距離を置いていたが、それでもこれほど離れてはいなかった。
「ねえ、一つ考えたんだけどさ」
 違和感に気づき、満足した椿に声がかかる。
「マスターのお店に行ってみない?」
「あたしはいいけど」
 大空の方へ視線を向ける。
 盗賊としての聴力なのか、彼は小町の言葉をしっかり聞いていたようで、一つ頷いた。
「じゃあ、早く行こ」
 歩きだした小町の後を椿が追う。そして距離を開けて大空が続く。
 距離感に気がついている椿は、このことを口にするべきがどうか迷った。言う理由も言わない理由もないような気がした。どっちつかずな感情に、椿は早々に匙を投げる。深く物事を考えるのは自分の役割ではない。
 結局、面倒だから。と、いう理由で口を閉ざすことに決めた。
 思うところがあるのならば、大空が言葉を紡げばいい。引きこもりのような生活を送ってきた椿に、コミュニケーション能力を求めるほうが間違いなのだ。
 微妙な距離感を保ったまま、三人は懐かしいような気さえする酒場へたどりついた。まだ日が高いというのに、中からは騒がしい声が聞こえてくる。十中八九、新装開店祝いを称して昼間から酒に溺れている連中がいるのだろう。
 小町がそっと扉を開けると、酒の匂いが漂ってきた。
「うわー……」
 予想は的中していた。
 酒場の中は酒を浴びるように飲んでいる連中で溢れている。
 小躍りまでしている酔っ払いを避け、三人はマスターのもとへ足を進めていく。
「新装開店おめでとうございます」
 笑いながら酒を注いでいるマスターへ小町が声をかけると、視線が酔っ払いからこちらへと向く。
「おお。いらっしゃい」
「折角新しくなったのに、ここは相変わらずね」
 呆れたような声に、マスターは苦笑いを浮かべた。
「それがいいのさ。
 人なんてのは、気楽に、楽しく、仕事をして生きていくのが一番なんだから」
「その割りに、オレを無理矢理パーティに参加させたけどな」
 今日、始めて口を開いた大空の言葉は文句だった。
 このパーティに不満がある。と、いうことをキッパリと言われ、小町が少しばかり悲しげな表情を浮かべる。その様子に心を痛めたのはマスターだけで、椿は大空の言葉に同意して頷いている。
「お前らなぁ……。
 いつまでも一人っきりで生きていけるわけじゃないだろうが」
「あたしはそれでも良かったわよ」
「オレも」
 口を開くようになった大空だが、やはり奇妙な距離感がある。
 人が多いため、ずいぶんと近くに立つようになったが、今までと比べればあからさまに距離があった。
 ちらちらと気になる距離感を無視しながら、新装開店祝いにとマスターが出してくれた飲み物に手をつける。三人の好みを正確に理解し、好きなものを出してくれるマスターは間違いなくプロだ。
 特に目立った会話がないながらに、三人は穏やかな時間を過ごしていた。
 そんな時だ。酒場の入り口が派手な音を立てて開かれた。
 見れば、今にも零れだしそうなほど涙を溜めた女性が立っている。彼女は駆けるようにマスターのもとへ一直線に進む。彼の前に座っていた三人は左右へ分かれ、女性とマスターが話しやすいようにする。
「あの、依頼を受けてくれませんか!」
 震える声で告げられた言葉は、仕事を頼むものだった。
「……とりあえず、落ち着いて話を聞かせてもらえるかな?」
 マスターは素早く暖かい紅茶を出した。
 混乱している状態で話を聞いても時間がかかるだけだ。伊達に長い間酒場を切り盛りしているわけではないので、こういったとき、どのように対処すればいいか彼はよく知っていた。鮮やかな彼の手際に感動しつつも、三人は女性の言葉に耳をそばだてる。
「実は一昨日、母の形見のネックレスを落としてしまったんです」
 紅茶を飲み、少し落ち着いたのか、女性は声を揺らしながらも言葉を零していく。
「ギルドの人と、桜野原に花を摘みに行っていたんです。
 でも、魔物が出て……。慌てて逃げたら、ネックレスが……」
 とうとう涙が零れた。
 先ほどまで騒がしかった酒場も、今では静まり返っている。
「桜野原なら、すぐ近くだね」
 小町が言った。
 街から少し離れた場所に桜野原はある。桃色の草花が咲き誇る美しい野原で、一年を通して甘い果実が取れる場所だ。時折、美しい花々を摘むために、ギルドでは護衛が頼まれることがあった。
 それほど強い魔物も出ないので、新人の戦士達が護衛にあてられることが多い。
「まさか……」
 椿の頬が引きつる。
「マスター! その依頼、私達が受ける!」
 高々となされた宣言に、女性が小町を見つめる。
「……本当、ですか?」
「はい!」
「ちょっと待て」
 元気に返事をした小町に待ったをかけたのは、パーティの理性ともいえる大空だ。
「魔物が食ってるかもしれない。どこかへ持って行ったかもしれない。そもそも、桜野原みたいな大した目印もない場所で、ネックレスなんてどうやって探すつもりだ」
 正論すぎる言葉に、小町は言葉を詰まらせる。
 広大。と、まではいかないが、桜野原はそれなりに広い。さらに、木々が少ないため、どの辺りに落ちているのかという目星もつけられない。普通ならば、このような依頼が成立するはずがない。女性はそれがわかっているからこそ、ギルドではなく酒場に来たのだろう。
 冷たいかもしれないが、それが現実だ。その証拠に、酒場にいる面々も大空のことを非難しない。
「でも! 可哀想じゃない!」
「思うのは勝手だが、オレを巻き込むな」
 理想と現実の対立だ。普段ならば止められる側であるはずの椿が、このときばかりは止める側に回らざるをえない。
 女性を挟んで言い合いを続ける二人の間に口を挟む。
「じゃあ、今日一日限定でいいでしょ」
 椿の言葉に、二人が言い合いを止める。
「今日一日は全力で探す。その結果、見つかれば良し。見つからないなら諦めてもらう。
 それでいいなら、引き受けるってことで」
 最後は女性を見ながら言う。
 涙を零していた彼女は、二人の言い合いに押されたのか、涙を止めていた。
「ほ、本当に、全力で探してくれるなら、見つからなくてもお代はお支払いします」
 人は諦めるのにも理由がいる。女性は胸の前で手を組んで椿を見つめた。
「……ちょっと待ってて」
 女性の目を見つめ返した椿は、背を向けて歩き出す。
 小町の制止も聞かず、酒場を出て行ってしまった。意味のわからない彼女の行動に、二人はすっかり毒気が抜かれてしまい、椅子に座りなおす。
「自己中女が」
 大空が吐き出すように呟くと、マスターは小さく笑った。
 酒場は少し騒がしさが戻りつつあった。酒を飲みあい、また笑い声が聞こえ始める。そんな中、気まずいのは、大空と小町だ。先ほどまでの言い合いが後を引いている。一応、依頼は受ける方向で決まってしまったが、それすらも大空からしてみれば不本意だ。
 苛立ちを抑え切れない大空の隣に、仄かに酒の匂いをさせた女性が座る。
「ねぇ、貴方達、椿とパーティを組んだっていう物好きでしょ?」
 大きな帽子に、ふわりとした服装。どうやら魔術師のようだ。アルコールで潤んだ瞳が大空を映していた。
「組まされた。の、間違いだ」
「そーよねぇ。じゃないと、あんな魔力のコントロールが下手くそな、それも闇魔法を使うような人間と、パーティなんて組まないわよねぇ」
 間延びした声に苛立ちがさらに積もる。理性まで溶かされている魔術師は、その場の空気など読まずにつらつらと言葉を並べていく。彼女とは逆隣に座っている依頼人の女性が戸惑ったような顔をしているのが目に入らないのだろうか。
 彼女を心配した小町が、魔術師の口を止めるために席から立つ。マスターも険しい顔をしていた。
「ほらぁ。魔術師って、こういうこともできるのよー?」
 魔術師がステッキを振り、呪文を唱えると水でできた蝶々がふわりと飛ぶ。
 マジックのようにも見えるそれは、実戦でどのように使うのかはわからないが、見た目としては非常に可愛らしい。
「あの」
 小町の言葉を彼女は無視する。
 水でできた蝶々が弾け、水はテーブルに落ちず空気中に霧散した。
「でも、椿はダメ。魔力のコントロールが下手だもの」
 口角を上げたその顔は醜い。
 大空は久々に女の顔を殴ってやりたいと思った。
「知ってた? 闇魔法っていうのはね――」
「椿のことを悪く言うのはやめてください」
 小町の強い声が魔術師の言葉を遮った。
 気分よく語っていた魔術師は、邪魔されたのが気に食わないのか唇を尖らせる。
「何よ。折角、教えてあげようと思ってたのに」
「ちょっと飲みすぎじゃないか?」
 マスターが水を差し出す。
「別に飲みすぎちゃいないわよ」
 そう言いつつも、頭のどこかで言いすぎたと思ったのだろう。魔術師は出された水を一気に飲む。
 乱暴にグラスをテーブルに置いた魔術師は、小町達に背を向けて別のテーブルへ向かって行く。見れば、同じような魔術師達が集まっていた。
 小町や大空は、魔術師について詳しく知らない。魔法に関してもそれは同じだ。椿と共に行動をするようになって、意外と制約が多いものであるということを知ったくらいだ。だから、彼女達にしかわからない何かが椿にはあるのだろう。
 知りたくないと言えば嘘になる。小町は胸の中に溢れた好奇心を押さえつける。
 魔術師の様子を見る限り、それは椿にとって知られたくない類のことなのだろう。椿のことを疎んでいるような人から、それを聞きたくはなかった。
 大空を見ると、冷えた目が小町を見ていた。全て見透かされているような気になり、小町はいそいそと先ほどまで自分が座っていた場所へ戻る。
 しばらくそうしていると、椿が酒場に戻ってきた。
「お待たせ」
 そう言って、依頼人の女性へ差し出したのは、透明感のある水晶だ。
 彼女は水晶を受け取り、不思議そうな顔を椿へ向ける。小町も似たような顔を彼女へ向けていた。
「あたし達は全力でネックレスを探すわ。
 もし、約束を違えたらその水晶が赤く光る」
 聞けば、水晶は遠くに行った相手が約束を違えないように見張ることのできるアイテムだそうだ。魔術師の中では珍しくないアイテムなのだそうだが、契約や約束と縁のない椿は水晶をその辺りに放置していたらしい。
「あなたにあげるわ」
「え、でも……」
 戸惑う女性を無視して椿は使い方を教える。魔術師御用達のアイテムとはいえ、一般人にも使えるように作られているらしい。
 一通り使い方を教えると、椿は小町を見た。
「これでどう?」
「うん! ありがとう椿」
 笑う小町に対して、大空は不機嫌だ。
 小町がそう簡単に退かないとは知っているが、困難にもほどがある依頼を受ける理由がわからない。今回は椿のアイテムによって、代金を貰うことを確定させたが、これからもそう上手くいくとは思えない。
「じゃあ行こう!」
「おい、どんなネックレスかくらい聞けよ」
 相変わらず一直線に進むことしか考えていない小町へ、大空が口を挟む。椿も驚いたような顔をしていたので、彼以外はネックレスの形状にまったく興味がなかったようだ。
「あ、えっと……。緑色の葉がワンポイントで、銀の鎖です」
「わかりました。きっと見つけてみせます」
 優しい笑みを浮かべた小町に、女性はほっとしたような表情を見せる。
 依頼を受けてもらえると言われていたが、それでもどこか安心できなかったのだろう。こうして、出発の段階になってようやく、自分の依頼が通ったのだと思える。
 小町は椿と大空の手を掴み、桜野原へ向かおうとした。
「離せよ」
「あ……」
 掴むと同時に振り払われた手。小町は目を丸くした。
「行くぞ」
「え、うん」
 歩きだした大空の後を追う。
 手を振り払われたのは始めてではなかったが、今まではこれほど冷たかっただろうか。胸がちくりと痛む。
 それからの道中も、会話は特になかった。珍しく先頭を歩く大空に、小町と椿がついていくだけだ。この段階になって、小町は大空の様子がおかしいことに気がついた。今までよりもいっそ人を寄せ付けない雰囲気がそこにはある。
 出会い始めの頃でも、これほど頑なではなかったように思える。
「あのね、大空……」
「見えたぞ」
 意を決して疑問を口にしようとした時、大空が指を差す。
 桃色の草原が小町の眼前に広がった。
「すごい! 綺麗!」
 噂には聞いたことがあったが、実際に足を踏み入れるのは始めてだった。
 桃色と一口にいっても、濃淡は様々で、同じ色はないのではないかと思わされる。花だけではなく、草まで桃色に染まっており、一歩踏み出すごとに甘い香りが漂う。それも、胸につかえるような濃厚な匂いではなく、すっと通るような爽やかな匂いだ。
「遊んでないで探すよ」
 椿の言葉に、小町は頷く。
 その場に屈みこみ、ネックレスを探す。緑色をしているとのことなので、この桃色しかない空間では目立つだろう。それが甘い考えだったと知るのは予想以上に早く。どこを見ても桃色しかない空間で、ささやかな飾りがついただけのネックレスを探すことの無謀さを身に染み込ませることとなった。
「見つからないね」
「そりゃそうだろ」
 辺りに出没する魔物に気を配りながら、ネックレスを探し続ける。単調な作業は苦痛を生み出す。
「もー。どこにあるのかな」
 独り言を呟き続ける小町に対し、面倒くさがりやであるはずの椿は意外にも黙々と探し続けている。
 小町は彼女をちらりと見て、少し離れた場所で探している大空へと近づく。
「ねえ、大空」
「んだよ」
「何かあった?」
 ネックレスを探しながら問いかける。
 大空の口が止まった。
「私、何かしたっけ」
 思い当たる節がないといえば嘘になる。だが、気に触ることがあるのならば、辛辣な言葉でもはっきりと言ってくれるのが大空のはずだ。
「教えてよ。じゃないとわからないよ」
「――うるせぇ」
 無視にめげず、言葉を紡ぎ続けた小町へ大空が応える。
「オレは一人で生きていくつもりだった。パーティを組むつもりなんて」
「大空! 後ろ!」
 立ち上がり、叩きつけるように答えを突きつけていた大空は、背後に迫る魔物に気がつかなかった。
 小町の声に後ろを振り返れば、魔物の触手が目の前にまでやってきていた。いかに素早い大空といえでも、もはやどうにもならない距離だ。負傷を覚悟し、痛みを少しでも和らげるため、歯をくいしばる。
 しかし、予想よりも小さな衝撃に体が付き飛ばされた。
 スローモーションのように動く世界の中で、大空は小町が彼の体を突き飛ばし、触手の前へ立ちはだかっているのを見た。
 大空の体が地面につく。
「う、あ……!」
 小町の低い声が耳に届いた。
 顔を上げてみれば、触手に突き飛ばされた小町の体が宙を舞い、桃色の草原へ落ちていくのが目に映る。
「小町!」
 椿の声が彼女の名を呼ぶ。しかし、返事はない。立ち上がる様子もない。
 呆然とその様子を眺めていると、視界の端で魔物が動いた。どうやら、小町にトドメを刺すつもりらしい。
「させるかよ」
 投げるためのナイフではなく、滅多に使うことのない短剣を取り出す。
 しっかりと短剣を握り、地面を蹴り上げる。高く飛びあがった大空は、そのまま魔物の上から脳天を狙う。どのような生き物でも、脳天を刺されれば死ぬ。重力に従い、地面へ近づく。同時に短剣を振り上げ、魔物の脳天を貫いた。
 魔物の断末魔を聞きながら、大空は短剣を引き抜き地面へ着地する。
 青い血を拭うと、魔物の足に光るものが見えた。目ざとくそれを発見した大空は、膝をついて光ったものを確認する。
 それは緑色の葉がついたネックレスだった。思わぬところで発見することのできた依頼の品を手に取り、小町が落ちた方へと駆けていく。
「大丈夫か」
「気絶してるだけみたい」
 椿が立ち上がり、大空に告げる。
 小町の目蓋は落ちているものの、呼吸に問題はない。
「そうか……」
「そうか。じゃないわよ」
 安心したような顔をした大空の胸倉を椿が掴む。身長に差があるので、上手く首を絞めることができないが、それでも椿の怒りは痛いほど大空に伝わった。
「別にあんたがあたし達から距離を取ったって、苛立ったって構わないわよ。
 でもね、その結果、いつもなら気づける魔物に気づけないとか、周りを危険に晒すとか、仕事くらいまともにしなさいよ!」
「そもそも、オレはこの仕事に反対だった」
 止める人間は意識がない。
 二人の口論は強くなっていく一方だった。
「屁理屈よ!」
「第一、オレは一人で生きていくつもりだった。パーティを組むことなんて、絶対に嫌だった!」
「今さら何を言ってるのよ。あたしだってそのつもりだったけど、小町に付き合うって決めたのは自分自身でしょう!」
「そうだ。でも、やっぱり無理だ!
 よりにもよって、女二人とのパーティだぞ!」
 大空の言葉を最後に、椿は口を閉ざした。
 互いに眉間にしわを寄せた酷い顔だ。
 甘い匂いの香る桃色の景色の中に、似つかわぬ二人。沈黙の中、大空はじっと椿の言葉を待った。彼女は大空の胸倉を掴んだまま微動だにしない。赤い瞳だけが不機嫌に揺れていた。
「――あんた、そんなことでうだうだしていたの?」
 ようやく発した声は、凍りつくほど冷たい。
「どうせ、この間の山賊に言われたことを引きずってるんでしょ」
 突き放すようにして、椿は大空の胸倉から手を離した。
 彼女に睨まれ、大空は返す言葉もなく拳を握る。
「馬鹿じゃないの! あんた、あたし達を「女」として見たことあるの?」
 その言葉にハッとする。
 彼女達のことを「女」として認識はしていた。背は大空よりも低く、声は彼よりも高い。どう見ても彼女達は「女」だった。
「あたしは「女」とパーティを組んで何が悪い。と、思うわ。でも、あんたにはあんたの事情があるのかもしれない。恥ずかしいとか、そんなつまらない理由かもしれないし、もっと別の事情かもしれない。そんなのはどうでもいいわ。
 でもね、あんたはあたし達を「女」として扱ってもいなければ、見てもいなかったでしょ」
 その通りだった。
 大空は酒場で、久々に女の顔を殴ってやりたいと思った。しかし、大空は今までに何度も椿の顔を殴ってやりたいと思っていた。出会ってから今まで、大空にとって椿や小町は、「女」ではなく、個としての扱いだった。
 間違っても、異性としての感情は大空の中にはなかった。
「パーティを抜けたいと思ってるならそれでいいわ。あたしだって、まだちゃんと納得したわけじゃないもの。
 でもね、もしもその理由がそんなつまらない理由だったなら――」
 杖の先端が大空へ向けられた。
「あたしがあんたをぶち壊すわよ」
 宣言をした椿は杖を脇に挟み、小町を背負う。
 気絶したままの彼女を放っておくわけにはいかない。
「……そりゃ、怖ぇな」
 大空は小さく呟いて、桜野原を出る椿の後に続いた。


 misson 12