椿の後を追い、小町は茂みを突っ切る。薄暗いが、そこには大空が立っていた。
「大空! 椿は?」
 尋ねると、彼は少し目線を横に向ける。彼の目線の先に椿はいるのだろう。
 そのまま椿のもとへ行こうとした小町を、大空が止めた。
「何?」
「オレは何があったのかわからねぇけど、尋常じゃない顔だった。
 今、お前が行っても拒絶されるだけだ」
 そう言うと、大空はその場に膝をつき、火打石で火を起こす。焚き火をするための用意は前もってしていてくれたようだ。
「少し時間を置けばあいつも落ち着くだろ」
「でも、一人じゃ危ないよ」
「さっきの魔物を倒したのはあいつだろ?」
 むしろ、この状況で危険なのは主な攻撃手段が物理攻撃の小町と大空だ。様々な道具を持っている大空とはいえ、物理攻撃が聞かない魔物に対するアイテムはそう多く持っていない。炎を恐れるタイプの魔物ならばいいのだけれど。と、大空は考えていた。
 そんな大空に対して、小町は不安そうな瞳をしている。あの時の椿は、どう考えても普通ではなかった。あのような状態で、魔物を相手にすることなどできるのだろうか。それ以前に、道に迷ったりしてはいないだろうか。
「……ちょっと、最近、冷たくない?」
「オレは昔からこうだ」
 小町の目を見ずに大空は答える。
「そんなことないよ。
 始めて配達の依頼を受けたとき、私達を心配してくれた。
 山賊退治のときだって、歩き慣れない私達を気づかってくれた。
 大空は、優しいよ」
 わかりやすい優しさではなかったかもしれないが、小町はいつでも大空が自分達をサポートしてくれていることをわかっていた。一度受けた仕事はやり遂げるというタイプの人間なのかもしれないが、それでも誰かを蹴落としてまで仕事をやり遂げる印象を受けたことはない。
 一時的にとはいえ、仕事をする仲間のをこと気づかってくれていた。
 冷静と冷たいは、全く別のものだ。
「オレと組んだ奴が死んだ。だとか、オレは平気で誰かを見殺しにする。なんて評判がついたら困るからな」
「ずっと一人で仕事するって言ってるのい?」
「良心の欠片もない奴には、まともな仕事がこないんだよ」
 大空は炎を見ていた。小町は彼のつむじを見ていた。
 湯気が風に吹かれ、生暖かい空気が二人の間に流れる。
「私、二人のこと、何も知らないよ」
「そうだな」
 大空は素っ気ない返事をする。
 彼は自分のことを話した覚えはないし、他の二人から細かい話を聞いた覚えもない。
「でも、二人のことをいつも考えてる」
 何が好きなのか。嫌いなのか。今頃何をしているのか。どうしたら笑うのか。
 今のところ、大空と椿の食い違いが目立っているが、彼らと小町が合わない部分だって勿論あるはずだ。そこをどう受け入れていくのか、受け入れることができるのか。
 成り行きでできたパーティではあったが、小町はいつだって真剣に考えてきた。
「あの時、マーケットに行ったときから、私達ちょっと変だよね」
「いつかはこうなるってわかりきっていたことだ」
 合わないことは明白のパーティで、結成のときを目にしていた者は全員が目を疑った。
 きっとあの時、このパーティに未来を見たのは、小町とマスターだけだったはずだ。
「そうかもね」
 意外な返事に、大空は息を飲んだ。嘘でも、小町がこの話題を肯定するのは思わなかったのだ。
「私がお願いしてパーティを続けてもらってるもん。
 椿と大空は喧嘩ばっかりだし。みんな、向いてる方向が違うんだろうな。って、思ってる」
「じゃあ、他に仲間を探した方がいいだろ」
 大抵のパーティは同じ目標や意識がある。
 金を第一に考えていたり、人命救助を第一に考えていたりと、それは各パーティによって違いがあるが、仲間がバラバラの方向を向いているというのは、中々に珍しい。そして、そういったパーティが長続きしたためしがない。
「だって、二人が好きだもん」
「好きって言い切れるほど、オレ達のことを知ってるわけでもねぇだろ」
「好きって感情は、好きって理由以外いらないんだよ?」
 焚き火が音を立てている。木々は風に揺らされる。
「ねえ、大空はちょっと考えすぎなんじゃない?」
 小町が言った。それは穏やかな声で、優しく諭すような雰囲気さえ感じられた。
「大空が何を考えてるのかはよくわからないけど、色々考えちゃってるのかな。って、思うよ。
 好きにしたらいいんじゃない? 私も、椿も、結構好き勝手しちゃってるし」
 大空は焚き火を見ていたが、小町が微笑んでいるのであろうことは簡単に想像がついた。
 思えば、始めからこのパーティは自分勝手な連中が集まっていたな。と、大空は思い出す。
「だから、私は、椿が心配」
 ハッキリとした口調に、大空は顔を上げた。
 小町は穏やかな表情をしたまま、片手に持っていた防具をその場に降ろす。そしてすっと、大空に背を向けた。
「おい」
「だって心配だもん。
 椿は仲間だし、あんな顔見たことないし、こんなところで一人なんて危ないし」
 真っ直ぐだった。
 気持ちも、瞳も、真っ直ぐに大空を貫く。
「――わかった」
 目を閉じ、口を開く。
「オレが見てくる。お前はここで待ってろ。魔物が出たら、コレを焚き火の中に入れろ」
 鞄の中から小さな球を出し、小町へ手渡す。
「お前が行ったら話がややこしくなる可能性が高い。ちゃんと連れて帰ってきてやるから、大人しくしてろよ」
「うん。ありがとうね。大空」
 小町は目を細め、嬉しそうに微笑んだ。
 彼女の言葉や行動は計算ではないのだろうけれど、結局のところは思い通りに動かされているのではないだろうかと思わずにはいられない。それを感じながらも、動かずにはいられない辺り、自分も相当甘いのだろうだろうと考える。
 椿が走り去っていた跡を追い、道を進んでいく。夜の闇の中でも、大空の目はしっかりと周りの風景を映しているので、黒い服を着ている椿でも見逃すことはない。
「おい」
 大空は木に背を預けている椿の前に立つ。
 彼女は両手を後ろに回し、顔を俯けていた。表情はわからないが、いつも通りというわけにはいかないだろう。
「小町が心配してたぞ」
 返事はない。
 放心しているのだろうかと、大空は椿に手を伸ばす。
「触らないで」
 肩に触れる前に、椿の声が聞こえた。
「意識があるなら返事くらいしろよ」
「放っておいて。何も見ないで」
 声は硬く、どこか不安定だった。一歩道を外せば、泣いてしまうのではないだろうか。
「これ、貸してやるよ」
「……見えない」
「針だよ。とりあえず、これでその服、どうにかしたらいいんじゃねぇの」
 大空が取り出したのは、数本の針だ。片方には丸い玉が付いており、抜けてしまう心配はない。
 幸い、椿の服は切れ目が入っただけなので、針があれば応急処置が可能なものだった。
「……あたしに、背中の切れ目をどうこうできると思う?」
「あー。それもそうか」
 針で指を刺す姿が瞬時に思い浮かんだ。椿も同じ場面を想像しているのだろう。
「じゃあしっかり背中隠して、こっちに向けろよ。
 ささっとやってやるから」
「小町に何か聞いた?」
「いや、何も。
 でも、お前の様子見てりゃ、背中に見られたくないもんがあるってのはわかるぞ」
 少し考えるような間が空いて、椿は大空に背中を向けた。
 背中はいつも通りの服しか見えない。
「絶対に見ないで」
「了解」
 椿の背中が緊張しているのが見てとれたが、あえてそこには触れない。
 誰にでも、触れて欲しくない部分はある。
「お前さ、何だかんだ言ってるけど、他人を信用したいって思ってるだろ?
 っと、できたぞ」
 大空の手が椿の背中から離れる。
 椿は何度か手で背中の様子を確認してから、大空と向きあった。
「何よそれ」
「わりとあっさり背中向けたし、依頼を受けるって決まったら文句もあまり言わないし」
「面倒だからよ」
「それにしたって、限度があるだろ」
 彼からは椿の瞳がよく見えていた。
 真っ直ぐに大空を睨んでいるつもりなのだろうけれど、その奥では不安定な様子を見せている。
「まあ、ちょっと素直になってやったら、小町も喜ぶんじゃねぇの」
「えらくあの子の肩を持つのね。
 そんなに助けてもらったことを気に病んでるの?」
 大空が言葉を止めると、椿は口角を上げた。
「まあ、あんたは『人を信じない病』だもんね」
「職業柄、他人は自分を裏切ると思ってるんでね」
 少し目をそらせながら返す。
「ちょっとは信じてあげたら?
 小町は裏切るなんて、間違ってもできないタイプの人間でしょ」
「そりゃこっちの台詞だろ」
 二人は互いの目を見る。もっとも、暗さのため、椿の目は大空の目をはっきりと認識することはできなかったのだけれど。
 それでも、二人は自分達の違いを理解した。
 信じたい。と、信じない。の間には、大きな溝がある。相手を信じない理由も違っているのだ。だから、二人は互いに互いを説得することはできないと察した。おそらく、二人を説得できる人間がいるとすれば、第三者であり、二人とは全く別の考え方を持つ人間だ。
「……小町も大変ね」
「そこは同意」
 二人は小町のもとへ戻るため、足を動かし始めた。
 彼らの口元には笑みが浮かんでいたが、小町のもとへつくころにはいつも通りの二人に戻っており、小町は彼らの笑みを見ることができなかった。

 misson 14