陽射しが傾き始める頃、三人は帰路についていた。
 お得意の魔物退治の依頼を終わらせ、証拠を片手に街へ向かっていた。
「あれ?」
 進んで会話をしない二人の間に入り、言葉を発していた小町が何かを見つける。少しばかり距離があったが、小町の視線の方を向いた大空にはソレが何かはっきりと見えた。
 オレンジがかった髪には見覚えがある。ただ、彼女が手にしている弓矢には見覚えがない。
「ギルドの奴だな」
 二人ほど目がよくない椿は首を傾げているが、あちら側も三人に気がついたのか、手を降りながら近づいてくる。
 足が地面を蹴るたびに揺れるおさげに、椿も納得がいったようにああ。と、零した。
「こんなところで何をしているんですか成華さん」
 印象的な黒縁の眼鏡の成華が、いつも通りの笑みを浮かべる。
 今日、三人が依頼を受けに行ったとき、受付にいたのは金来だった。だから、成華がどこにいても不思議ではないのだが、普段は街の中、それもギルドでしか見かけることのない姿に三人は違和感を持った。
 そんな雰囲気を察したのか、成華は笑顔のまま説明をしてくれる。
「ギルドの仕事の一環ですよ。
 本当に魔物が大量発生しているのかを調べたり、異変が報告されればそれも調べます」
 これでも、戦えるんですよ。と、弓を構えた姿は様になっている。今までは特に注意して見ていなかったが、すらりとした体は俊敏性に富んだ者のそれだ。大空ほどではないだろうけれど、小町以上の俊敏さは持っているだろう。
「今日は、あなた方が報告してくださった、光暗ノ森の最終チェックへ行っていました」
 光暗ノ森は、以前、三人がキノコ集めで足を運んだ森だ。ただのキノコ集めだったはずだというのに、何故か見たこともないような魔物と遭遇し、戦うはめになってしまった。報告してからの動きには興味がなかったが、今までギルドがしっかりと仕事をしてくれていたらしい。
「私を含めた三人が調査したのですが、特におかしなところはありませんでした」
「そうか……」
 不可思議な魔物がいたことは事実であり、その証拠もギルドに提出している。だからこそ、ギルドの方も入念な調査をしたのだろうけれど、結果は異変なし。と、いうことだった。大空は納得できない顔をしている。
 あのような大きさの魔物が、三人が森を訪れるまで気づかれなかったこと。発生した理由。何もかもがわからない。異変がないという結論は、あの魔物と森の不自然さを増大させるだけだった。
「とにかく、また何かあったら報告してください」
「わかったわ」
 何かが起こってからでは遅いような気もするが、どうせ森へ行くような者はいつ命を落としてもおかしくない職の者達ばかりだ。安全性を確保しておけという主張など、誰もしないし、受け入れもしない。
 大空も素直に頷きながら、心の中であの森へ行くのは避けようと思う程度だった。
「街へ帰るなら一緒に帰ろうよ」
 小町の提案に、成華はちらりと二人を見る。
 苦手意識を持っているようには見えなかったが、良くも悪くも有名な二人なので、反応が気になったのだろう。当の二人が平然とした顔をしているのを確認すると、彼女はすぐに首を縦に振った。
 いくら戦うことができるとはいっても、女性だ。一人で街へ帰るのは不安があったのだろう。
「そういえば」
 歩き始めて少ししてから、成華が思い出したかのように言った。
「近頃、盗賊が増えているらしいですよ」
「盗賊が?」
 小町が大空を見る。
「何でも近くに新しい盗賊団がやってきたんだと」
 詳しい話は出回っていないらしいが、それだけでその盗賊団が優秀だということがわかる。
 新しい勢力から逃げてくる盗賊。混乱に乗じて縄張りを広げようとする盗賊。今までの力関係が崩れれば、当然のように起こる現象だ。盗賊である大空も、勢力が変わる空気を肌で感じている。
 彼が他の盗賊のような行動に出ないのは、元々縄張りを広げる気も仲間を作る気もないからだ。
「任務終わりに狙われることも少なくないそうですから、気をつけてくださいね」
 成華がそう締めた時だった。
 聞き覚えのある、風を裂くような音が大空の耳に届く。
 考えるよりも先に、手にナイフを取り、それを放り投げた。
「キャッ!」
 金属同士がぶつかりあう音と、成華がその場に伏せる音が同時に響く。
 大空のナイフによって弾かれたのは、彼のそれとはまた違った形状のナイフだった。
「誰?」
 ナイフが飛んできた方向を見るが、見えるのは木々だけだ。しかし、その木の上から一人の男が飛び降りてきた。細かな容姿はわからないが、その男がナイフを放ったことは間違いないだろう。
「盗賊、でしょ!」
 椿が杖をしっかりと握り、走り出す。盗賊と正面からぶつかりあったとしても、負ける気はないのだろう。
「馬鹿! あいつ一人とは限らねぇんだぞ!」
「椿!」
 大空の制止を聞かずに走る椿の後を小町が追う。
 瞬間、空気が変わるのを四人は肌で感じた。けれど、それに気がついたのには遅すぎた。
「上手い作戦だな」
 関心したように、呆れたように、大空が呟く。
 倒れた成華とその場を動かなかった大空のみが共にいるだけで、椿も小町も見事に分断されてしまった。
 現状としては、椿の目の前に一人、小町には三人の盗賊。大空と成華の周りには四人がいた。
「お前達には死んでもらう」
「金目の物だけじゃ許さない。ってか」
 大空は目を細め、片手に短剣を、もう片方の手にナイフを握る。倒れていた成華も立ち上がり、弓を構える。二人とも、接近戦には向いていないのだが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「椿、大丈夫?」
 三人の盗賊の攻撃を受け流しながら、小町が叫ぶ。
「あたしは大丈夫よ。相手は一人。すぐに片付けてそっちへ行くわ」
 そう言って杖を振りかざす。
「それはどうかな」
 椿の鈍い攻撃など盗賊は易々と避ける。動体視力も俊敏性も違いすぎる現実に、彼女は舌打ちを一つする。しかし、そんなことをしていたとしても、しかたがない。すぐに距離を取り、魔法へと意識を変える。
「魔術師のお嬢さん。そんなに甘くないんだぜ?」
 不意に聞こえた声は、目の前にいる盗賊のものではない。
 前からではなく、頭上から聞こえたその声に、椿は体中から汗が吹き出るのを感じた。
 一瞬の硬直。盗賊はその隙に椿に足払いをかけ、前のめりになった彼女の背中へ別の盗賊が飛びのる。
「ぐっ……」
 地面に叩きつけられた衝撃で、椿が呻き声を上げた。
「椿!」
 小町が駆け寄ろうとするが、三人は素早く、攻撃は簡単に当たらず、間をすり抜けて行くことも難しい。
「まずは一匹!」
 椿の背に跨った盗賊が短剣を掲げる。
「やめて! あたしの背中からどいて!」
 悲痛な叫び声は、死を恐れるものではない。
 小町と大空は、椿が背中を見られることを執拗に恐れていたことを思い出す。
 よほど混乱しているのか、椿は魔法を使うこともできずに、盗賊の下でもがいている。
「ちょっとコイツら頼むぞ!」
「え?」
 成華に言い残し、大空は盗賊の頭を踏み台に高く飛ぶ。
 下に残された盗賊が彼に倣って飛ぼうとしたが、成華が体当たりでそれを食い止める。
「大空さん!」
「どうも」
 下で声を上げた成華に言葉を返し、大空はナイフを数本投げる。一本は盗賊の短剣を弾くために。他の数本は盗賊達本人の動きを止めるために。
 大空の狙い通りの軌道を進んだナイフは、椿を盗賊達から解放する。
 盗賊達の手から逃れた椿はすぐに立ち上がり、背中を隠すように手を回す。荒い呼吸は彼女の精神的な負荷を物語っているといってもいいだろう。
 一先ず彼女が無事だったことを確認すると、大空は短剣を使い、下で待ち構える盗賊の相手をする。成華がいることや、大空の俊敏性が盗賊達よりも勝っていることもあり、二人は四人の盗賊を着実に追い詰める。
「よかった……」
 一方、三人を相手にしている小町は、流石に疲れを見せはじめていた。
 致命的な攻撃を受けることはなかったが、逆に相手を倒すこともできずにいる。
 出来る限り、捕らえる。ということを念頭に置いているのも、苦戦の理由の一つでもある。彼女はそのことを十分に理解していた。それ故に、彼女は決意することもできた。
「私だって、死にたくない」
 しっかりと剣の柄を握る。
 二人の攻撃を受けることを前提に、一人に集中する。一点に集中した攻撃は、ナイフや短剣によって作られる小さな傷では止められない。
 小町は二人分の攻撃を受けながらも、その剣を真っ直ぐに突きたてた。相手の動きを読み、見事に命を奪ったのだ。
「次!」
 一人仕留めてしまえば、後は簡単だ。同じ要領でやってしまえばいい。
 彼女が相手にしていた最後の一人を気絶させると、焦げ臭さが漂ってくる。予想はついていたが、臭いのもとへ目を向けると、辺りを黒コゲにしながらも、盗賊達はかろうじて息があるという状態を作り出している椿の姿が見える。
 まだどこか不安定な顔をしていた。
「大丈夫ですか?」
 大空達も片付け終わったのか、椿の方へ駆けてくる。しっかりと盗賊達は縄でくくりつけられていたのは流石だ。
「……ええ。大丈夫」
 椿が声を出す。
「突っ込んで行くことがどれだけ危険かわかったか」
 大空の説教には返事をせず、椿は息をゆっくりと吐き出した。その顔色は悪く、どちらかといえば黒っぽい肌が不自然なほど白く見えた。

 misson 16