椿と大空は不安げに、小町は自信満々といった風にマスターを見る。
「よし。じゃあお前達には魔物退治でもしてもらおうかな」
魔物、という言葉を聞き、文句を発したのは大空だ。
「おいおい。協力できるかもわからねぇような状態で、魔物退治? 冗談もほどほどにしてくれ」
場所にもよるが、大抵の魔物は強暴だ。大空は椿と小町を見る。互いの力は並み以上といったところだろう。近隣の魔物程度ならば十分過ぎるほどの戦力だ。しかし、知り合って間もない上に、椿と大空は協力することさえしないかもしれない。
今の三人では足の引っ張りあいをするのが目に見えている。
「だが、戦いが一番手っ取り早くお互いを知れるだろ?」
下手くそなウインクをする。
確かに、戦いには個性が出る。どのポジションにいるか、どのような行動を取るか。それらを見れば互いを知ることは容易いだろう。しかし、メリットのわりにデメリットが大きすぎる。魔物退治は下手をすれば命に関わってくるのだ。
「ちなみに、どこで何を退治すればいいんですか?」
小町の問いにマスターは近くの森に住む魔物の名を言う。
話を聞く彼女の目を見れば、すっかりやる気なのがわかってしまう。ちらりと椿を見ると、面倒くさそうな顔をしていた。半引きこもりという噂は正しいようだ。
「じゃあ早速いってきまーす」
「おい。お前はオレ達の意見も聞け」
小町が二人の手を引き、酒場を出る。背後から聞こえてくる声は安堵の声ばかりだ。いつまでも壊し屋である椿がいては、修繕もろくにできないということなのだろう。椿もそのことに気づいているのか、バツの悪そうな顔をしている。
街の端、外へ出る門の前で大空は小町の手を振り払った。
「いつまで掴んでるんだよ」
「え、だって大空逃げそうだし」
図星をつかれて大空は言葉を飲み込む。ただの馬鹿かと思っていたが、案外勘はいいようだ。大空の行動を見て、椿も小町の手を振り払う。自由の身になった二人は小町を見る。この面子で魔物退治など、正気なのかとその瞳は問いかけていた。
その答えはもちろん決まっている。
「行こう。魔物退治」
「本当に行くのか。この面子で」
小町は頷く。
「マスターだって言ってたじゃない。戦っているときが、一番お互いをよく知れるって。
「だが、危険すぎる。オレ達はお互いのことを全く知らないんだぞ」
「だから、行くんでしょ」
行くか。行かないか。二人はその口論を続ける。互いを知りたいという小町の意見も、それは危険すぎるという大空の意見も間違ってはいない。違いがあるとすれば、この面子でパーティを組みたいと思っているか否かということだろう。
二人の口論を黙って聞いていた椿が口を開く。
「面倒。もういいわ。さっさと行って終わらせましょ」
小町と大空は彼女の顔をじっと見る。気だるげなそれは、今すぐにでも家に帰りたいというよりは、やることをやってしまいたいという顔だ。
「どうせ小町は退かないでしょ。まあ、自分の命くらいは自分で守るわ。それでいいでしょ。早く行きましょ」
それだけ言うと、椿が先陣をきって歩きだす。その後を嬉しそうな顔をした小町が追う。二人の後姿を呆然と眺めていた大空だが、このまま二人を放っておけば、マスターに何を言われるかわかったものではない。
ため息を一つ零して二人の後を追った。
森までの道は、小町が一方的に話すだけに終わった。椿は口を閉ざしていたし、大空は眉間にしわを寄せていたので話しかけずらかった。そうなって、小町はこの仕事が無事に終わるのだろうかという不安がわいてきたのだ。
かといって、今さら引き返すわけにも行かない。不安な気持ちを抱えながら森へとたどり着く。鬱蒼と木々が茂る森はそれなりに広い。依頼された魔物はこの森の中で一番数が多い魔物だが、退治してくれと言われた数も多い。
「じゃあ、頑張って探しましょー」
「待て、待て」
意気揚々と森に足を踏み入れた小町の肩を掴む。
「闇雲に探すなんて時間がかかりすぎるだろ」
「でも……」
大空の言葉に小町は眉を下げる。
「オレにいい考えがある」
口角を上げた彼の言葉に、小町と椿は身を乗り出す。
「まあ見てろって」
歩きだした大空の後に二人が続く。森の中はいつもと同じように薄暗く、そこらかしこから魔物の気配がした。向こうもこちらが危害を加えなければ警戒するだけなので、襲われる心配はない。
しばらくすると、依頼された魔物を発見した。しかし、巣は同一であるが行動は単一であるその魔物は一匹しか見当たらない。とてもではないが、依頼された数には足りない。
「よし」
大空がカバンから細い針を取り出す。よく見ると、それには糸が結びつけられていた。何をするつもりなのだろうと、女達は黙って大空の行動を見守る。
遠くの方に見える小さな魔物へ向かって、大空はその針を投げた。小さなものは簡単に風に流されてしまい、中々標的に当てずらい。それにも関わらず、大空の放った針は魔物に到達したのだろう。遠くの方で魔物が小さく跳ね上がり、どこかへ逃げていくのが見える。
「巣に戻ったんだ。追うぞ」
なるほど、と小町は納得した。
数が必要になるのならば、巣へ向かうのが一番手っ取り早いだろう。糸を手繰り、魔物の後を追う。
盗賊という職種なだけに、大空の足は速い。最低限の動きで障害物を避け、跳ねるように地面を蹴っていく。小町は彼に置いていかれないようにするので精一杯だ。
何とか巣にたどりついた頃には、小町の息は荒れ、心臓は張り裂けんばかりに脈打っていた。
「体力ねぇな……」
「お、おお……ぞら、が……」
おかしいのだと言おうとするが、呼吸することさえままならない状況では無謀なことだった。
「ん? 椿はどこだ」
「え」
周囲を見渡してみるが、彼女の姿はどこにもない。
「……逃げたか」
「ち、がう……と」
大方、はぐれてしまったのだろう。彼女の服装は機動性にすぐれているとは言いがたかったし、家から出ないという話からしても体力があるとは思えない。大空もそのことはわかっているのか、冗談だと軽く笑う。
「ま、丁度いい。今の内に片付けるぞ」
足の引っ張りあいが起こる可能性が一人分減った。大空はナイフを取り出した。
「……もしかして、狙ってた?」
「さあな」
飄々としたその口調で、小町は確信する。大空はこうなることを予想して行動していたのだ。
大空がナイフを投げると、魔物はその場に倒れる。頭蓋骨までも貫通するナイフの鋭さは計り知れない。一匹が死んだことにより、巣の中は戦闘態勢に入る。椿がいないことが気にはなったが、ためらっている時間もない。
小町は腰の剣を抜き、群れの中へ突っ込んで行く。
「とりゃ!」
剣を降り、魔物を切り裂いていく。時折、空気を裂く音が聞こえ、そちらの方を見ると大空のナイフがあった。ナイフには回収用の糸がつけられているようで、再び大空の手の中へ戻っていく。
どうやら、彼は小町の後ろを守ってくれているようで、彼女は安心して剣を振る。
依頼の半分程度の魔物を退治したころだった。巣の中を奮わせるほどの怒声が響いた。
「ぶち壊す!」
声の主へ魔物が何匹も向かう。突然のことだったので、大空の投擲も間に合わない。
「圧縮、解放、はじけ飛べ。爆破!」
轟音が巣を揺らす。
爆破に巻き込まれた魔物達は力なく地面へ落ち、身動き一つしない。
「あんたら……よくも置いて行ってくれたわね」
「……椿」
怒りに満ちた彼女の瞳は、爆破の炎よりも強い光を放っている。
「本当に、腹が立つ」
椿は群れの中へ向かって走った。
「おい! 下がれ!」
大空が思わず声を上げる。椿は魔術師だ。後衛で詠唱し敵を倒すのが役割のはずで、小町と一緒になって前衛へ向かうなどありえないことなのだ。
「あたしに……命令するな!」
杖を大きく振りかぶり、魔物の脳天を揺らす。力一杯殴っているようなのに、ヒビ一つ入らないあの杖はどのような材質でできているのだろうか。見た目は木のようだが、もしかすると金属の類なのかもしれない。
魔物を殴り、小町と一緒になって接近戦をしている椿。大空は深いため息を吐いた。
「そうだ。そうだよな……。あの壊し屋が、常識で計れるはずがねぇよな」
力のない笑いが漏れる。大空の耳に入ってくるのは爆音と剣や杖が空気を切る音ばかりだ。
そうこうしていると、ブチッと大空の中で何かが切れた。
「適材適所だ。そうだ。オレはオレのすることだけしてよう。あいつらなんか知るか」
光のない瞳で魔物達へナイフを投げつける。小町の隙を狙う魔物へ、椿の鈍い動作を狙う魔物へ。無心になってナイフを投げつける。
「これで、最後!」
小町の言葉と同時に辺りが静かになる。いくらかの魔物には逃げられたが、それでも依頼の数には十分だ。
大空も彼女達に近づき、退治の証拠として魔物の角を集めるように言う。椿がいくつかの角を壊してしまったが、それでも予定していた数の角は採取することができた。
「よし。じゃあ帰ろうか」
三人は街へ向かって足を進める。相変わらず椿と大空は口を開こうとしなかったが、今回は戦い疲れから口を開きたくないといった風だった。
雑な修繕が行われた酒場に、三人は依頼達成の証拠を突きつける。マスターはもちろんのこと、客達も三人の素早い依頼達成に目を見開いている。個々の力はともかく、他人と協力するような面子には見えないのだろう。実際、それは間違ってはいない。
「……で、感想は?」
マスターの言葉に、椿が真っ先に口を開いた。
「最悪」
「同感」
「えー。何で? 私、とっても楽しかったよ」
眉を下げる小町に、椿と大空が言葉を重ねて行く。
「あたしは森の中に置いて行かれたのよ!」
「どっかの魔術師は前線に突っ込んで行くし」
「盗賊は卑怯で姑息な手しか使わないし」
「馬鹿達は後ろやら隙やらを気にしねぇし」
「剣が鼻先をかすめるし」
「杖振り回すし」
「つか、戦いが楽しいって馬鹿でしょ。馬鹿」
やけに口数の多い二人を見て、マスターが笑い声を上げる。それをきっかけに、酒場中が笑いで溢れる。
「……な、何よ」
「いや?」
マスターはニヤケた面を隠そうともしていない。
「お前達、お互いをよく見てるじゃないか」
「中々いいパーティになるかもな」
それぞれが好きなことを言っていく。椿と大空はそれを否定するが、いつもは口を噤んだままの二人が声を大にしていることが、笑いに拍車をかける。
戸惑っている小町に、マスターは小さく言ってやる。
「あんたになら、あいつらを任せられそうだ。
よろしく頼むよ。リーダー」
「リーダー……。
はい! 任せてください!」
小町はとびっきりの笑顔を浮かべ、未だに否定を続けている二人の手を取った。
「任務完了! ほら、二人とも笑って!」
「え、わら……え?」
笑顔の小町につられ、二人はぎこちない笑みを浮かべる。
「私のモットーなの。どんなに辛い仕事でも、悲しい仕事でも、最後は笑えるように」
今はぎこちなくてもいい。いつか、心の底から笑えるように、と小町は二人に笑みを向ける。
椿と大空は顔を見合わせると、呆れたように小さく笑った。
「まだ組むとは決めてないぞ」
小さなものとはいえ、二人の笑みはとても貴重だった。小町はそのことを知らなかったが、彼女がそれを引き出したということは間違いなかった。
misson 3