魔物を退治した次の日、三人は酒場の前にいた。理由はもちろん、今日もここで仕事をもらうためだ。マスター曰く、たった一度で相手のことをわかった気になるな。だそうだ。
 椿と大空は不満げな顔を隠そうともせず、しかめっ面をしている。
「もー。そんな顔しないでよ」
 三人が酒場の中に入らないのは、単純に酒場がまだ開店していないからだ。酒場は昼から開店するのだが、現在の時刻は朝八時。だが、三人が待っているのは開店時間ではない。マスターの登場だ。
 そもそも、こんな時間に三人が集まったのは昨晩マスターに指示されたからだ。
「遅い。マスターがこんなに時間にルーズだとは思ってなかったわ」
「だな。そこには同意」
 椿と大空が言い合う。椿は今にも手頃な壁を殴りそうな勢いだ。
 この二人が暴れだした場合、止めるのはやはり小町になるのだろう。初対面のときに二人の喧嘩を止めたことがあるが、その犠牲はあまりにも大きかった。無残なことになってしまった鉢巻は、泣く泣く端を切り落とすことで今も小町の額に巻かれている。
 二度とごめんだ。小町は中々経ってくれない時間と、一向にやってくる気配のないマスターに涙を流しそうになる。
「よー。待たせたな」
 天からの助けがやってきた。
「遅い!」
 怒声と共にナイフと炎が放たれる。あの二人はヘンなところで息が合っているようだ。
 マスターは一般人だが、長らく荒くれ者と付き合ってきたのだからそれなりの心得はある。二人の攻撃をさらりとかわす。手慣れた様子を見て、小町は尊敬の眼差しを向ける。
「おっと、オレは避けることしかできないからな」
 戦っても強いのだろう、という小町の思考を読み取ったかのように告げる。
「あ。そうなんですか」
 見るからにテンションを下げるその姿は失礼だと言えなくもないが、どこか愛嬌のあるそれに、マスターは苦笑いを向けるだけだ。
「三人ちゃんと揃ってるようで安心したよ」
 家がマスターにバレている椿はともかく、自分の家を誰にも明かしていない大空は雲隠れするだろうと思っていたのだ。
「こいつら二人だけで依頼? 冗談はやめてくれ。流石のオレでも目覚めが悪い」
「どういう意味よ」
「お前が取ったままの意味だよ」
「どうして喧嘩するの!」
 わいわいと騒いでいる三人を見て、マスターは顎に手をやる。
 思っていた以上にこの三人の相性はいいようだ。大空は二人を馬鹿にしているような言い方だったが、本当に嫌ならばとっとと逃げてしまう人間だとマスターは知っている。
 今日もこうして並んでいるということは、それなりに気に入ったのだろう。
「三人とも、ちょっと落ち着いてこっちを見ろ。お待ちかねの依頼だぞ」
 声をかけてやると、そろってマスターの方を向く。まるで小鳥が親からの餌を待っているかのような瞳だ。
「小町。これを」
 小さく笑いながら手にしていた箱を小町に手渡す。
「今日の依頼はそれを山里村に届けて欲しい」
 山里村はこの街からそれほど遠くない距離にある村だ。王都からもそれなりに近いのだが、一本道を除くと山に囲まれているため、町といえるまで発展しないところだ。
「細かい住所はこの紙に書いてある。報酬は受取人から貰ってくれ」
 紙は大空に渡された。
「おい、本気か?」
 大空が問う。
「ああ」
 二人の言葉に小町は首を傾げ、椿はバツが悪そうにしている。
「こちとら壊し屋と盗賊が一緒にいるパーティだぞ。届物依頼なんて、最も向いてねぇだろ」
 わざわざ説明してくれた大空の言葉に、小町もハッとする。
 まっ先に依頼品を小町に渡したのも、それらの理由からなのだろう。
「ああ。だが、一度はやっておくべきだ。
 できないならできないでいい。どうして、どのような理由でできないかを自分達自身でしっかりと把握しておく必要があるんだ」
 彼の言葉は一々理に適っている。
 ギルドに登録すれば、それはできません。ではすまないのだ。もちろん、どうしてもできない理由があるならば、多少は聞いてくれるが、その理由を説明するためにも、一度は経験しておかなければ説得力がない。
「……依頼主には悪いが、とっとと行くぞ」
「うん。でも、失敗するなんて私は思ってないから」
 どのような理由があったとしても、依頼には最善をつくす。それは仕事をする者として当然の姿勢だ。大空と椿も、わかっていると返し、街の外へと足を進める。
 朝早くから集合させられた理由が三人にはようやくわかった。マスターの指定した村の場所は一日で行って帰ってこられる距離にあるが、近いとはいいがたい距離がある。向こうにつくのは昼ごろになるだろう。
「それ何なのかな」
 椿が箱を指差す。
「うーん。それほど重くなくて、ちょっと冷たい」
 小町が返すと、大空は箱の中身を推測する。
「なら食い物かもな。あまり動かすなよ。形が崩れるかもしれないぞ」
「え、食べ物ならマスターも言ってくれるよ。たぶん」
「言わないと思う」
「オレも」
 マスターのことを信じていないわけではないが、どことなく意地の悪いところがある。失敗することを前提に依頼を任せてきているところからみても、箱の中身が食べ物であったとしても伝えないだろう。
「しかし、マジで食べ物だったら気をつけねぇとな」
 いくら箱の中に入っているとはいえ、魔物の嗅覚は常識を逸している。食料の匂いを嗅ぎつけ、襲われないとも限らない。
「そうだ……あ」
 椿が声を上げた。
「……ほーら、な」
 目の前に現れたのは魔物。涎を垂らしているその姿は空腹を訴えているように見える。
「さて、エサはオレらか、箱の中身か……」
 そんなことを言っている間に、魔物は三人に襲いかかる。しかも、よく見れば一匹ではないようだ。
「小町走れ! 箱の中身は死守しろよ!」
「わかってる!」
「椿はオレと小町の援護だ。あまり炎を使うなよ! 箱の中身が腐るかもしれねぇからな!」
「オーケー!」
 三人が各々のするべきことをなす。小町の隣を大空が走り、魔物を排除していく。その少し後ろには椿が闇を操り魔物を倒す。
「ねえ、二人とも大丈夫?」
「オレはな」
 魔物の数は異様なほどに増えていく。大空は大丈夫だと答えたものの、元々が接近戦を得意としているわけでないので、何度も魔物からの攻撃を受けている。排除する数も徐々に減っている。椿の方は二人と比べると圧倒的に脚力が弱いため、後方の方で魔物に囲まれてしまっている。
 二度目の依頼でこのような自体に陥るなど、誰が考えただろうか。
「小町! 大空! 先に行って! あたしの脚力じゃあんた達には追いつけない」
 声が聞こえた。どこか切羽詰って聞こえたのは勘違いではないだろう。彼女も一応は後衛にいるはずの魔術師だ。長時間の接近戦は辛いものがあるだろう。
「……大空」
「なんだよ!」
 大空の方も必死になっているので、つい声が荒くなる。
「この荷物、よろしく」
 小町は手にしていた箱を大空に差し出す。それを横目で見た大空はさらに声を荒げる。
「何言ってんだ! オレは盗賊だぞ。中身だけを抜き取るなんて造作ないんだぞ」
「信じてる。大丈夫」
 真っ直ぐな瞳が大空を射抜いた。混じりけのない信頼はどのような矢よりも鋭い。
「それに、これが一番いいと思うの。
 私達の中で一番足が速くて、身軽なのは大空だもん。戦いに向いてるのは私と椿」
 その言葉に間違いはない。大空も自分が戦いに向いているとは思っていない。盗賊というのは、どれだけ敵と戦わずにられるのかという職業なのだから、それは当然のことだろう。
 大空は小さく頷いて箱を受け取ると、軽く跳躍して魔物の群れから抜け出す。一瞬、魔物達は大空を追おうと体の向きを返るが、小町の攻撃により意識をそちらに向ける。
「椿! もう好き勝手にやちゃっていいよ! 荷物は大空に預けたから!」
 耳にまで届いた声に、椿は口角を上げる。
「了解。あんたらまとめてぶち壊してあげる!」
 杖が赤く煌いた。


 背後に赤い炎が見えた。火事にならなければいいと思いながら、足を進めて行く。スピードは決して緩めず走っていると、小さな村が目に入る。三方を山に囲まれたその村は見るからに穏やかな雰囲気を持っている。
 そこへ駆け込み、カバンの中に入れていたメモを見る。住所を確認し、似たような家の中から受取人がいるであろう家を見つけだす。
「届けものです」
 扉をノックして、少し待つ。
「ああ、ありがとう。
 あれ? キミ一人?」
 首を傾げた男に、大空は手を差し出す。
「報酬をくれ。悪いが急いでいるんだ」
 愛想のない言い方だったが、男は気を悪くした様子もなく、小さく微笑んだ。
「三人そろったら渡すよ。ほら、迎えに行ってあげなさい」
 騙しはしないと言う。
 それが真実だという確証はどこにもない。大空は疑っていた。しかし、ここで無駄な問答をしている時間がるのかはわからない。今、こうしている間にも置いてきた二人は冷たくなっているかもしれない。
 何せ、あの二人はいつも隙だらけなのだ。
「……わかった」
 大空は男に背を向け、村へ来たときと同じ、もしくはそれ以上のスピードで来た道を戻っていく。
 ぼんやりと二人分の人影が見えたとき、大空は自分でも気がつかぬうちに安堵の息をもらしていた。彼女達は生きていた。周囲に魔物の姿は見えない。全てを倒したか、いくらかは逃げたか。
「お疲れさん」
「あー。依頼は?」
「完了」
「報酬は」
「お前らもきてからだってよ」
 座り込んでいる二人に手を貸し、立ち上がらせる。二人の顔に煤がついているのは椿の魔法のせいだろう。
「あたしもう動きたくない……」
 体力のない椿は再び地面に座ろうとするが大空が手を引き、小町が背中を押す。
「何言ってるの。ほら、早く早くー」
「ちょっ……本当に無理だって」
 二人に連れられ、男の家につくころには椿の目は死んでいた。本当に体力のない奴だと二人が呆れている横で、男は優しい笑みを浮かべていた。
「で、報酬は」
 大空が尋ねると、男は小さな紙切れを手渡した。
 見れば、そこにはマスターの字がある。
『小町、椿、大空へ
 これを見ているところをみると、オレが渡したケーキは無事に届いたようだな。
 報酬はオレ特製のケーキと、この手紙をお前達に渡した男の振舞う飲み物だ。
 どんな結果に終わったかは知らんが、いい経験ができただろ?』
 大空は紙を握り潰し、部屋の隅にあったゴミ箱へと捨てる。
 内容を読んでいないため、首を傾げるばかりの女二人に簡単に説明すれば、彼女達の目にも怒りの色が宿る。
「それにしても、ちょっと意外だったな」
 男がテーブルに三つのケーキを置く。それぞれ違うケーキが乗っていた。
「私達がこの依頼を成功させたのが、ですか?」
「違うよ」
 少し怒った風な小町に、男は手を振って否定する。
「ボクはね、昨日酒場にいたんだ。
 そこで見た君達はちぐはぐだったし、大空君は誰かのために慌てるような人間には見えなかったから」
 慌てる、と聞いて小町と椿は顔を見合わせる。
「心配してくれたの?」
「あんたも人並みに心があったのね」
「お前らなぁ……」
 ケーキの横に置かれた飲み物を取り、各々喧嘩することなく好きなケーキを取る。マスターは彼らの好みをよく知っているのだろう。用意されたケーキは少しも似ていない。飲み物を用意した男も彼らのことを聞かされていたのか、別々の飲み物を運んできていた。


mission 4