三人は街に帰ってきて、まず刹那達のことをギルドに報告しに向かった。小町はその場でパーティの登録をしようと言ったが、すでに日も暮れていたので、明日にしようと他の二人が反対した。新たな一歩を踏み出すのならば、その場で仕事の一つも受けたいだろ。というのが大空の意見だ。椿は早く帰りたいとぼやいていた。
 その後は酒場へ行き、マスターと一悶着起こした。二人が仲間になってくれると決定したので、小町はマスターを擁護したが、椿と大空の怒りが収まるはずもない。哀れ、酒場は椿の手によって無残なありさまになってしまった。
 修理費は椿が払うと知っているので、他の客達は苦笑いを浮かべるばかりだ。いくら金があったところで、ニ、三日で元通りになるものではない。屋根の修理が終わったところだというのに、不運なマスターであった。
 そんな後日談を経て、朝がきた。小町は空を見上げて笑みを浮かべる。雲一つない晴天は、彼女の心をそのまま映しとったようにも見える。
 今日の待ち合わせはギルド前。中央区にある最も大きな建物だ。小町一人では仕事を渡すことができないと言った職員の顔を思い出す。今度は仕事を渡せないとは言わせない。何を言っても、仲間がいるのだ。これ以上の仲間はいないと自負している。
 約束の場所にはまだ誰もきていなかった。設置されている時計を見ると、まだ約束の時間までは時間がある。これからのできごとに想いを馳せるあまり、気が急いてしまったようだ。小町は近くにあったベンチに腰を降ろす。大きな木が木陰を作っており、居心地が良い。
「まだかなー」
 来ないのではないか。そんな不安がなかったわけではない。彼らは最後の日、この関係を止めようとしていたのだから。しかし、一緒にいてくれると言ったのだ。あの二人は案外律儀なところがある。小町を待ちぼうけさせるようなことはしないだろう。
 高鳴る心臓を抑えることもでず、小町は時計を眺める。時間はまだある。適当な店に入って、時間を潰そうかとも思えるほどだ。けれど、小町はそこから動かない。もしかすると、椿と空も早く来るかもしれない。一分でも早く顔を合わせ、ギルドに入りたい。
 時間がゆっくりと経っていく。約束の時間まで、残すところ数分となった。小町の胸は大きく高鳴る。まだ誰もきていない。
「――あ、椿!」
 人混みの中でもはっきりとわかった。特徴的な服装であるし、何よりも魔術師とは思えない鋭い眼光がある。小町が大きく手を振ると、椿も気がついたらしい。小さく手を振り返してきた。
「そろったな」
 椿のもとへ駆け寄ろうとしたとき、どこからか声が聞こえてきた。
 驚いた小町が周囲を見渡すと、木の上から誰かが飛び降りた。
「大空! いつからいたの?」
「んー。十分くらい前」
「なら声かけてよ!」
 二人が騒いでいる間に椿も合流する。口論、というには小町が一方的に怒っているだけだったが、喧嘩をする椿と大空を叱るのではなく、怒りを誰かにぶつける小町というのは珍しい。何があったのだろうかと、椿は首を傾げる。しかし、触らぬ神になんとやら、とばかりに無視を決め込んだ。
 最終的に大空が悪かった、と言ったので、その場は収まった。
「もういい?」
 椿が聞くと、二人は頷く。
「じゃあ、登録しに行こうか」
 小町が先頭をきってギルドの中へ入っていく。彼女はここに来たことがあるが、大空と椿は始めてであった。中に入った途端、目の前に広がる人、そして区切られながらも広い内部に少しばかり目を丸くする。外から見ても大きく広い印象を持っていたが、内装はより広く見える。
 案内版に目を通し、パーティ登録の受付へと向かって行く。
 互いを見失うほど人がいるわけではないが、体格の良いものや鎧を着たものが多いため、圧迫感があった。普段、外に出ず家で一人を満喫している椿からしてみれば、この状況はストレスにしかならない。対して空は鼻歌交じりに人と人の間を通り抜けていた。
 眉間のしわを深くした椿は思わず舌打ちをする。
「あ? てめぇ、今舌打ちしただろ」
「それが?」
 耳ざとく舌打ちを聞いた男が椿に声をかける。隆々とした筋肉を持つ男は、一見して格闘家であることがわかる。
「不愉快なんだよ。その舌引っこ抜くぞ」
「やれるもんならやってみなさい。その前にあんたをぶち壊してやるわ」
 途端に溢れでる殺気。周りにいる者達も戦いを経験してきた者達だ。そのことにすぐ気づく。血の気が多い者が集まるギルドでは、このような喧嘩は日常茶飯事だ。そのため、建物には様々な耐久魔法がかけられている。
 椿と男の周りにいた者達は距離を置き、二人の戦いを観戦しようと口元をニヤつかせる。気の早い者はどちらが勝つか賭けを始めた。
 多くの者は男に賭けた。椿は見るからに魔術師であり、一人で戦うには向いていない。
「おい、余計な騒ぎを起こすなよ。オレはさっさと帰りたいんだ」
「それはあたしもよ。でも、こいつが喧嘩売ってきたの」
 戦地に割り込んできたのは大空だ。椿の肩を掴み、この場を去ろうとするが、周囲からのブーイングに阻まれる。
「坊や、人の楽しみを邪魔するなんて、悪い子だね」
 ブーイングに苛立っていた大空の肩を女が叩いた。腰にある剣を見れば、彼女が剣士だということはわかる。だが、ここで絡まれる理由というのは皆目見当がつかない。第一、大空は坊やと呼ばれるような年齢ではないつもりだ。
「悪い子にはお仕置きをしなきゃ、ね」
 女が剣を抜く。大方、場の雰囲気に血が騒いだのだろう。面倒な奴に掴まってしまったと、大空は内心ため息をつく。外にその感情を出さなかったのは、盗賊としてのプライドだ。
「椿、大空! 危ないよ!」
 心配そうな顔をした小町が野次馬の間から声をかける。どうやら、人壁に押されそれ以上内に入ることができないらしい。
 危ない、と言われてもどちらかが負けるまでこの野次馬は満足しないだろうと二人はため息をついた。自分達は悪くないはずだ。どう考えても喧嘩を売ってくる方が悪いのだ。自分の中の結論に満足する。後は、この茶番を終わらせるだけだ。
「すぐ終わらせるわ」
「オレも」
 二人は互いの相手に向き会う。
 その時気が付いた。周囲が静まり返っている。先ほどまで聞こえていた賭けの声も、煽るような言葉も聞こえない。見れば、誰もが顔を青ざめさせている。
「椿、どっかで聞いたことが」
「いや、大空ってのも」
「そうだ。壊し屋だ」
「無風だ」
 一人の言葉が伝染するかのように広がっていく。そういえば、と思い当たったのは大空だ。
 椿も大空も名は広いが、顔が広いかと問われれば答えは否だ。椿は家から出ること自体が少なく、大空はその職業柄。よく出入りする酒場の者ならば顔を知っているかもしれないが、ギルドに登録しているような者達にまでそれが広まるかは微妙なところだ。
「へっ。てめぇが壊し屋か。こんな嬢ちゃんだったとはな」
 倒せば名が上がるとでも思っているのだろう。小町と出会ってから、この手の輩によく会うような気がする、と椿は思った。
「……あたし、その通り名嫌いなの。だから、覚悟しなさい」
 椿が駆ける。まさか魔術師が接近戦に持ち込んでくるとは思っていなかったのだろう。男は一瞬後ずさった。椿は手に持っていた杖を両の手でしっかりと握る。そして、それを大きく振りかぶる。
 次に何が起こるかわかった大空は小さく苦笑いをした。
「だからなんでお前は殴るんだよ」
 小さなツッコミは誰にも拾われることなく、辺りには打撃音が響く。
 顔面を殴られた男はそのまま床に倒れ、動かない。壊し屋の名に恥じない力が今、証明された。椿が不本意だと思っても、彼女の通り名はこれからも広く人々の間に根付いていくだろう。
 大空が椿の方を向いている間に、剣士の女は剣を構え、大空へ向け振り降ろそうとしていた。
 背後からなど卑怯だと言われるかもしれないが、戦いの中では隙を見せた者が悪い。
 だから、大空は隙など作らない。
 剣が己の身を裂く前に、足を一歩踏み出す。それだけで彼女の剣は避けることができる。女が体勢を立て直す前に大空は振り返り、いつの間にか手にしていた細い糸を彼女の腕に巻きつける。素早く、正確なそれらは女の腕から自由を奪う。さらに締め付けを強くすれば、手からは力が抜け、剣が音を立てて落ちる。
「で、まだ続ける?」
「……いえ」
 笑みを浮かべた大空に、女は首を横に振る。武器はない。格闘術を使ったところで、大空の素早さでは当たる気がしない。
「ならいいや。おい。椿行くぞ」
「あんたを待ってたのよ」
「そうかい」
 二人は小町と合流し、本来の目的地へと進む。
 登録用の受付に人はいない。戦士の資格試験が終わってから時間が経ったため、新規登録者が少ないのだろう。
「あの、パーティ登録したいのですけれど」
「はい。では、こちらの用紙にお名前、ご職業等お書きください」
 受付の女性に手渡された用紙を持ち、机に座る。それぞれの姓名や職業を記入する欄がある。どうやら本人の筆跡でないと駄目らしい。
 一番上はリーダーの名を記入するようになっている。
「リーダーって、私でいいよね」
「免許持ってんのお前だけだからな」
「仕方ないわよね」
「あ、二人とも酷い」
 そう言いつつ、小町は自分の姓名と職種を書く。丸みのある文字は女の子らしく可愛らしい。
「次どっちが書く?」
「んじゃあたし」
 大空の返事を待たず、椿は小町からペンを受け取る。さらさらと用紙に書かれたのは名前と職業だけだ。
「苗字は?」
「別に書かなくてもいいって書いてるでしょ」
 言われて見れば、小さな字で苗字は必須事項ではないと書かれている。普通は書くものだが、椿が普通だと思ったことはない。
「早くペン貸せよ」
 小町も納得したところで、大空がペンを奪う。
 ガリガリと大空も椿と同じように名前と職業だけを記入する。
「……何と言うか、大空って」
「字汚いわね」
「うるせぇ」
 三人分の筆跡が並んだが、見事と言ってしまいたくなるほどバラバラだった。
 小町はともかく、乱暴な椿が案外綺麗な字を書いており、逆に大空の字は汚い。大空の字はまるで字を書きなれていない子供のような字だった。
「あ、パーティ名も決めなきゃいけないんだって」
「何それ」
「いるのか?」
 字数や単語に制限は無いと書かれていた。おそらく、依頼の受け渡しをしたことを書きとめておくときにでも使うのだろう。便宜上のものとはいえ、変な名前をつければ恥になることは明白だ。
 三人は頭を悩ませる。適当な単語でもよかったのだが、どうせならば愛着を持ちたいと思ってしまうものだ。
「ねえ、笑者は?」
「しょうしゃ?」
 小町の言葉に二人は首を傾げる。
「笑うに者って書いて、笑者」
「お前、勝者とかけてるだろ」
「だって、私はどんな依頼を受けても最後は笑えるようにしたい。
 だから、笑者。二人にもちゃんと笑って欲しいしね」
 ほら、こんな風に。と、小町は満面の笑みを浮かべる。どこかで見たような光景に、椿と大空は苦笑いを浮かべる。
「あたしは別にいいよ」
「笑い者って勘違いされねぇ働きをしねぇとな」
「じゃあ決まり!」
 小町の可愛らしい文字がパーティ名の欄を埋める。
 全ての項目を埋めて、小町は意気揚々と受付へと戻って行く。
「書けました」
「はい。確認しますね」
 女性が用紙に目を通し、ニコリと微笑んで顔を上げた。
「確認いたしました。少々お待ちください」
 近くにあった機械に何かを打ち込んでいく。先ほど書いた名前等だというのは予想できた。言われた通り、少しの間待つと、機械から三つの小さなプレートが出てきた。受付の女性は手慣れた様子でプレートに糸を通し、ストラップのような形にする。
「どうぞ。こちらがパーティ証明証となります。
 これからは依頼受渡の方へお願いいたします。笑者さん達の担当はこちらとなります」
 そう言うと、プレートと一緒に小さな紙を三人に差し出す。そこには二人の名前が書かれていた。片方は男、もう片方は女のものだ。名前の隣には曜日が書かれている。どうやら、曜日によって担当者が変わるようだ。
 三人は今日の曜日を思い浮かべ、再び名前に目を通す。
「今日は女の人だね」
「成華、さんね」
「ならとっとと仕事貰いに行こうぜ」
 受け取ったプレートを各々好きなところにしまい込み、案内版を探しに行った。


mission 6