案内版を頼りに、依頼受渡のカウンターへたどり着く。毎日多くの冒険者が訪れるためか、そこは他の受付と比べると数が多い。空いている受付には人がいないが、代わりにプレートを差し込む機械がある。
 そこへプレートを差し込むと、奥の方から一人の女性が駆けてきた。冒険者の持つプレートは、このように様々な意味を持っている。ゆえに、再発行などは少々お高くなっている。
「担当の成華です。始めまして、ですよね」
 そばかすと黒縁の眼鏡が印象的な女性だ。見たところ、小町達とそう変わらない年齢に見える。
「はい。今日登録したところです」
「では、いくつかご説明させていただきますね」
 成華の話を聞こうという体勢をとったのは小町だけだった。椿は面倒くさそうに遠い目をし、大空は辺りを探索している。ギルドの依頼がどのような受渡をされているかなど、二人は知っているのだ。勿論、小町も知っているのだが、説明をするのは成華の仕事であり、それをまっとうさせてあげることが優しさだと知っているにすぎない。
「……えっと、依頼の受渡は私か金来を通していただくことになります。その際、こちらの手数料を差し引かせていただいた後の報酬金額を提示いたします。受けるかどうかはそちら決めていただいて結構です。まれに、個人やパーティを指定するお客様もおられます。その時はその旨もお伝えさせていただきます。
 依頼の品や退治の物証などもこの受付でいただきます。配達や護衛などの依頼では、依頼者から直接報酬を受け取っていただきます。手数料は先にいただいていますので、そのような依頼のときは完了の報告は必要ありません」
 その他、いくつか細かい説明をしていく。
 プレートがないと、依頼達成時に品を持ってこられたとしても受け取れないことが一番重要とも言える話だった。小町が特に心配したのは、椿がプレートを壊してしまわないかということだ。視界の端でプレートに触れているのを確認しているので、冷汗が止まらない。
 手持ち無沙汰なのはわかるが、それを壊してはくれるなと願う。
「優先したい種類の依頼や、逆にできる限り避けたい種類の依頼などありますか?」
 善処しますが、と言われ、探索を続けていた大空が小町の横から顔を出す。
「優先したいのは、魔物や野党の退治。避けたいのは護衛だ」
「ちょっと、勝手に……」
 唐突に口を挟まれ、思わず講義をする。
「間違ったことは言ってないだろ」
 そう返され、小町は口を閉じる。
 確かに間違ってはいない。個性的といえば聞こえはいいが、まだまだこのパーティは自分本意が過ぎる。こんな状態で誰かを守るというのは難しいだろう。だが、純粋な力を言えば、そこいらのパーティには負けない。
「かしこまりました」
 成華は手元の紙に何かをメモする。もう一人の担当へ、笑者について伝えるためのものだろう。
「それでは、本日はこのような依頼があります」
 機械を操作すると、いくつかの資料が出てくる。他にもあるので、気に入ったものがなければ言ってくださいと続ける。
 渡された資料は、魔物退治とアイテム採取の依頼ばかりだ。期限も三日以上空いているものばかり。始めての依頼ということで、気をつかってくれているのだろう。あるいは、これすらもマニュアルの一つなのかもしれない。
「どれがいい?」
「どれでも」
 椿は適当に返事をする。資料を見てすらいない。プレートの材質が気になっているのか、縁を指でなぞったり掘られた文字をこすったりしている。そろそろ止めるべきだろうと、小町はその手を軽く叩く。
 不満気な目を向けられたが、気にしないことにする。
「これがいいだろ。距離も近いから今日中に終わる」
「うん。いいね。椿もいい?」
「いいんじゃない」
 資料には近くの森に生息する魔物の角を十本集めるようにと書かれている。どうやら、その角は薬の材料になるらしい。
「かしこまりました。それでは手続きをいたしますね」
 簡単な操作をして、成華は小町にプレートを返す。
 このプレートに今までこなした依頼の情報や、今受けている依頼の情報が入っている。一人のプレートに情報を書き込めば、他の二人のプレートにも情報が書き込まれるすぐれものだ。これで依頼の準備は整った。後は品を取りに行くだけだ。
「それでは、頑張ってください」
 成華の笑顔を見てから、三人はギルドを出る。期限は三日後だが、森の場所は近い。日もまだ高いので、今日中に達成することは容易いだろう。
「んじゃ行きますか」
「椿、十本集めるんだから、壊しちゃ駄目だよ」
「わかってるって。あんた、あたしを何だと思ってるのよ」
 壊し屋。と、小町と大空の声が揃う。
「ぶち壊す」
「キャー!」
 杖を振り上げた椿を見て、小町が笑顔のまま悲鳴を上げる。大空には劣るが、小町の足は速い。椿が追いつけるはずもないのだが、三人はつかず離れずの距離を保ちながら街の出口まで追いかけっこを続けた。
 三人を見た者達が、目を丸くしていたのは言うまでもない。
「あー。もう疲れた……」
 森への道を歩きながら、椿は呟く。
 魔物と出会う前から彼女は満身創痍だ。
「馬鹿なことしてるからだろ」
「ちょっと休憩する?」
「……大丈夫」
 間が空いたのは、さっさと仕事を終わらせるか一時の休息かで心が揺れたのだろう。結局、仕事を終わらせることを選んだようだ。
「この道、三人で始めて通った道だね」
「あー。そういえばあの時の森か」
 酒場のマスターに言われ、魔物を退治しにきたときのことを思い出す。
 思えば、あの時に何をしてでも逃げ出していればよかったと思うのは大空だけではないはずだ。
「これからもこれるといいね」
「どんだけこの森の魔物を駆逐する気だよ」
 以前は、小町が一方的に話すばかりだった。だが、今では多少とはいえ会話が成立している。そのことが小町は嬉しい。思わず顔をほころばせると、大空は呆れたようにため息をついた。
 小町が喜んでいる理由はわかっているが、こうして共にいることは未だに不本意だ。
「ほら、見えてきたぞ」
「本当だ。 椿、もうすぐだよ」
 小町が椿の手を引き、森への道を急ぐ。
「ちょっと……。無理……」
 椿の声は小町に届いていないらしい。女二人の背中を見ながら、大空は歩く速度を少しばかり速めた。
 森は相変わらず鬱蒼としている。陽射しから守られ、涼しいとも言えるが、薄暗いのでどことなく恐怖感が煽られる。
「で、魔物を探さないと」
「お前はまた考えなしなことを……」
 勢いよく一歩を踏み出した小町の肩を掴む。これもどこかで見たような光景だ。
「前みたいに巣を探すの?」
 椿が尋ねると、大空は首を横に振る。
 以前、探した魔物は数が多かったため、一匹見つける程度のことは簡単だった。けれど、今回の魔物はそう数が多くない。だからこそ、退治ではなく、あくまでも角を採取するだけの依頼として受付されている。
「今回は餌を撒く」
「餌?」
 大空曰く、今回の魔物は特殊な果実のみを食べるらしい。そのため、数が増えにくいのだという。
「オレが餌の場所まで案内する。捕らえるのは椿の役目だ。角を取るのは小町。
 丁度全員に仕事があっていいだろ」
「え、椿が捕まえるの?」
 ついうっかりで殺してしまうのではないかという不安が、ありありと顔に出ている。
「大丈夫よ。闇沼でも使えば動きを封じるくらいできるわ」
 小町を睨みながら言う。大空も若干の不安込みで話したのだが、顔に感情を出さなかったので睨まれることはなかった。
「わかったら行くぞ」
「あんた、果実の場所知ってるの?」
「大体決まったところに生えてるからな」
 相変わらず、大空の知識は深い。一人を好んだとしても、彼自身に不利益はないだろうと納得せざるをえない。だからといって、大空を手放す気は小町にはないわけだが。
 森の奥へ行くと、少しばかり開けた場所があった。光が差し、小さな池がキラキラと輝いている。これで魔物がいなければ、絶好の観光スポットとなっただろう。人の手が入っていないからこその美しさでもあるのだろうけれど。
「んで、これを投げると――」
 大空がどこからか小さなボールを取り出す。
 投げられたボールは地面につくと同時に弾けた。一瞬、甘い匂いがしたような気がしたが、それもすぐに霧散する。
「アレ、何?」
 小町が尋ねると、果実の匂いを一時的に強くする効果のあるものだという。
「あんた、本当に何でも持ってるわね」
「お褒めにおあずかり、至極光栄ですってか」
 そう言っている間に、魔物が寄ってきた。一匹、二匹。あっという間に十二匹の魔物が池の周りに集まる。
「いけるか」
「誰に言ってるのよ」
 椿が杖を池の方へと向ける。
「他者の足をとる沼よ。大きく口を開けよ。足をとれ。引きずり降ろせ。闇沼!」
 詠唱が終わると、杖の先から闇が沸き、地に付くと同時に素早く池の周りに広がる。それは魔物の足をしっかりと絡めとり、離そうとしない。慌てた魔物達が暴れようとしているのはわかったが、首は沼から這い上がった腕に掴まれ、手足は沼自身に絡めとられ、身動き一つできない。
「すごい!」
「ちょっと範囲が広い……。早くして! 術が解ける!」
「えっ!」
 椿の悲鳴にも似た声に、小町は慌てて駆けだす。闇は小町を味方と認識しているのか、彼女の体を拘束するような真似はしない。
 身動きのとれない魔物の角に剣を添え、一気に切り落とす。予想以上に抵抗なく角は切りとられ、闇に落ちる。
「柔らかい……」
 角を拾いあげ、ポツリと呟いた。
「早くしろ! 椿がやばいぞ!」
「わかった!」
 大空の声に、小町は素早く魔物達の角を切り落としていく。十二匹いたけれど、必要なのは十本だけなので、二匹分は放っておく。
「完了!」
 小町が二人のもとへ駆けながら叫ぶ。同時に、闇が消えた。
 魔物達は攻撃してくるでもなく、慌てて四方に逃げ出した。元々好戦的な性格ではないのだ。
「疲れた」
「お疲れさま」
 膝をつく椿に労わりの言葉をかける。
「それにしても、あんた準備良いわね」
 帰りの道を何とか歩きながら、椿が大空へ投げる。
 果実の情報や、その匂いを強めるアイテムなど、用意周到が必須とされる盗賊とはいえ、少々用意がよすぎる。
「あの角はわりと売れるからな。手っ取り早く稼ぐには丁度いいんだよ」
 それ以上は答えない。そんな雰囲気があった。どこか突き放すような口調に、小町達は口を空けることができなかった。
「ま、今日の仕事は終わり。そうでしょ」
 椿が言い、小町は頷く。
 その後、ギルドへ戻り角を渡した三人は明日の朝、ギルド前に集合する約束をした。互いの家など知らないし、椿と大空は知る気もなかった。
「そうだ。椿、大空。手を上げて」
 小町が言う。
 二人は戸惑いながらも手を上げる。椿が左手を、大空が右手を上げる。
「お疲れさま!」
 パシンっと、音が鳴る。
 小町が二人の手を叩いたのだ。所謂、ハイタッチ。
 彼女は満面の笑みだった。


 mission 7