二度目の依頼を受けるため、三人はギルドの前に集合した。
「何というか、本当にパーティを組んだんだって再認識しちゃうわ」
 椿の言葉に、小町はニコリと笑う。
「そうよ。私達は仲間なんだから」
「はいはい。さっさと仕事を貰いに行くぞ」
 先にギルドの中へと入っていく大空の後を二人が追う。
 再認識してしまうと椿が言ったのは、未だにこの状況を受け入れきることができなかったからだ。家に帰って、眠り、起きたころには夢だったのではと思う。それほどまでに、彼女は己が誰かと手を取り合い、仕事をするということをありえないことだと思っていた。そして、それは大空も同じだった。
 後ろで言葉を交わしている女二人が知り合い、ましてや仲間というのは受け入れにくいことだ。
 二人とも状況に納得していないわけではないのだが、それと受け入れるということはまったく別物だ。
 人がいないカウンターを選び、機械にプレートを通す。
「はーい」
 前回とは違い、男が奥からやってくる。昨日は女性だったが、今日は男性の方らしい。
「初めまして。成華から情報は渡されています。
 ボクは金来です。今後、成華共々よろしくお願いします」
 挨拶をしてきた青年は人のよさそうな笑みを浮かべる。猫毛なのか、あちらこちらに跳ねている髪に、椿は小さく笑った。失礼だと小突いたのは小町だ。
「いいですよ。それで、今日の依頼ですが――」
 笑みを浮かべたまま、金来はいくつかの依頼を差し出す。情報の受け渡しは正確にされていたのか、ほとんどが魔物の討伐やアイテム収集だった。目を通すのは大空と小町で、椿は何でもいいと言うばかりだ。一度、彼女には向いていない依頼を受けてやろうかと二人は思わないでもない。ただ、それを実行した場合、自分達にも被害がくるのでやめることにしているだけだ。
「じゃ、これだな」
 書かれているのはアイテム収集だ。
「はい。それでは受付いたします」
 プレートを機械に通し、作業を完了させる。
「それでは、お気をつけて」
「いってきまーす」
 小さく手を振った金来に小町は手を振り返す。
 向かうのは、街から少し離れた森だ。先日の森とは方向が逆だ。
 今回、探すのは、キノコだ。何に使うのかはわからないが、単独で動いている者には回されない程度の量を集めることになっている。おそらく何らかの実験に使うのだろう。
「よし、探すぞ」
 森のどの辺りにキノコがあるかは大空が二人に指示した。彼は前回同様、こういった知識に長けている。そして、魔術師といういかにも実験をしそうな椿は、いつも買っているので知らないと肩をすくめていた。
「馬鹿! それは毒だぞ!」
「そうだっけ?」
「椿、探すのはこれだよ。これ」
 明らかに禍々しいキノコを手にしている椿に、二人から声がかかる。小町はギルドから貰ったチラシを椿に見せる。そこに描かれているのは、茶色と白の傘を持ったキノコだ。間違っても、赤と紫の傘ではない。
「んじゃ、これはあたしが持って帰るわ」
「……何に使うんだよ」
 大空は顔を青くして一歩退く。
「まあ、色々?」
 そんな話をしながらも、順調にキノコを集めていく。この森は広く、奥に迷いこめば帰ってくるのに必要以上の労力がかかる。三人は互いに声をかけあい、奥へ迷いこまないようにした。ある程度のキノコが集まったころ、大空は近くにある木に登った。
 残された二人は、何事かと顔を見合わせ、大空が登った木の下に駆け寄る。
「どうしたの?」
 上を見上げながら問いかけると、大空が降ってきた。
 綺麗に着地をし、立ち上がった大空の表情は明るいとは言えない。
「おかしいと思わねぇのか」
「え?」
 小町が首を傾げる。
「オレ達がここにきてからずいぶん経つが、魔物の一匹も見てない」
「そういえば……」
 普段ならば起こり得ない出来事に、小町と椿は辺りを見る。魔物の影は見つからない。三人が体を動かさずにいれば、風と木々の音が聞こえるだけだ。まるで、森が死んでいるようにも感じる。現状の異常さに気づいてしまうと、途端に不安があふれ出す。
 小町と椿は体を硬くし、自分の武器を握る。
「原因はわからねぇけど、この森の生態系が狂うような魔物が現れたって可能性も否定できない」
 一刻も早くこの森から抜け出し、ギルドに異常を告げるべきだろうと大空は続ける。二人もそれに賛成し、森の外へと足を向ける。その時、三人のものではない音が聞こえた。
 とっさに、小町は剣を構え、椿は前へ出た。大空は後ろに飛びのき、ナイフを手にする。
 森が静まり、三人の神経が研ぎ澄まされる。唾を飲み込むこともなく、じっと何物かが出てくるのを待つ。しかし、いつまで経っても、何かが姿を現す気配すらない。最初に動いたのは椿だった。そっと前へ踏み出し、音の発信源を探ろうとする。
「待て!」
 大空の叫びが木々を揺らす。だが、少しばかり遅かった。
「な、にっ!」
 椿が呻く。彼女の手足は植物の蔓のようなものに絡めとられている。強い力で巻きついているらしく、歯を食いしばって痛みに耐えているのが見て取れた。魔法を使うにも、詠唱することもできないようだ。
 舌打ちをした大空の目の前で、小町が駆けだしていた。剣を構え、蔓を切りつける。やはり植物なのか、蔓は簡単に切ることができた。だが、すぐに新しい蔓が椿へと向けられる。蔓を切った小町の剣は、青い液によって濡らされていた。始めて見る不気味な液体に、小町は剣を軽く振る。
 拘束が一つ途切れたことにより、余裕ができたのか、新たな蔓に拘束される前にと椿が口を開く。
「燃える炎よ、鋭き刃となれ。我を拘束し蔓を切り裂き燃やせ。炎刃!」
 杖の先から現れた炎は三日月型の刃となり、椿を拘束していた蔓を切り裂くと同時に、火をつける。
「大丈夫?」
「たぶんね」
「それより……くるぞ!」
 大空の声と同時に、蔓の本体であろう巨大な花が姿を現す。今まで見たこともないような魔物は、花びらの部分を鋭くさせ、牙か爪のように見せている。大空が花びら達の中心にある目玉へめがけてナイフを投げる。しかし、まだ残っていた蔓がそれを弾く。
 花は小町の剣や椿の魔法では届かない距離にある。現時点で、見るからに弱点と思われる目玉を狙えるのは大空だけだった。
 ならば、と大空は小さなボールを取り出し投げつける。
「そんなの、また弾き飛ばされるだけよ」
 椿の言葉に、大空は口角を上げた。
「それはどうかな」
 蔓がボールを弾き飛ばそうと、触れた瞬間、ボールが弾け、白い煙幕があふれた。
「何あれ!」
「除草剤」
「何でそんな物持ってるのよ……」
「……だが、これで終わりってわけにはいかなさそうだな」
 小町が魔物の方へ向きなおると、そこには先ほどより萎れてはいるが、未だに戦意を失っていない魔物がいた。
「目玉が駄目なら、茎を狙いましょ」
 椿が提案を出した。
「私が魔法であの魔物をひきつけておくから、小町はあいつの近くまで行って茎を切って」
 あの大きな花を支えるような茎を切れる自信が椿にはなかった。先ほどつかった炎刃も、切るというよりは、傷をつけて燃やすといった類の魔法だ。大空も刃物を持っているが、用途は切るではなく貫くものだ。切るのならば、剣を持った小町が適材だ。
「オレも賛成。オレと椿が魔物をひきつけておいてやるよ」
「でも……二人が危ないよ」
「馬鹿。本体のところにいくあんたが一番危険に決まってるでしょ」
 三人の位置からは、魔物の根元がどうなっているのかわからない。だが、茎が弱点であるのならば、根元は己を守るためにより強い守備がなされていると考えるのが普通だ。
「さっさと行けよ」
「あたしはこんなところで死にたくないのよ」
 二人の言葉に、小町は剣を強く握る。
「わかった!」
 駆けだした小町の背を見て、二人は魔物へと向き直る。
「んじゃ、やりますか」
 大空は足元にあった石を拾い上げて言う。投げられたそれは魔物の目玉へと真っ直ぐに飛び、弾き飛ばされる。
「ナイフは使わないの?」
「弾かれることがわかってるのに、そんなもったいないことができるかよ」
「ケチね」
「お前みたいに何でも壊して、使い捨てにするような人間じゃないんでね」
 口を動かしながらも、大空は石や枝を正確に投げていく。大きさや空気抵抗も違うような物のはずなのに、どれも直線を引いたかのように寸分違わぬ軌跡を描く。それを見ていた椿は、面白くなさげに、少しばかり眉間にしわを寄せる。
「燃える炎よ、鋭き刃となれ。彼植物を切り裂き燃やせ。炎刃!」
 先ほどよりも多く、杖から炎が現れる。三日月型のそれらは、椿が腕を魔物に向けるのと同時に赤々とした線を描きながら魔物へと向かう。いくつかは魔物の蔓を切り裂き、いくつかは魔物へ到達する前に消える。
「魔法ってのも中々使いずらいもんなんだな」
「万能なものなんてこの世にはないのよ」
 好戦的な椿が、自ら魔物の目玉を狙おうとせず、小町に茎を任せたところから、魔法にも何らかの制約があることは察していた。だが、改めて制約を見せられると驚いてしまう。一般人からしてみれば、魔法は万能だ。属性による向き不向きはあるだろうが、距離による制約など考えたこともなかった。


 その頃、小町は魔物の根元だと思われる部分にたどり着いていた。
 思っていたような守備はなく、普通の植物とおなじように葉と茎がある。ただし、その大きさは魔物規格になっているが。
「早くしなくちゃ」
 今頃、二人は魔物の攻撃を一手に引き受けてくれている。小町の行動が遅くなれば遅くなるほど、彼らの危険は増す。剣を強く握り締め、構えようとしてふと気づく。
 剣が重い。
「え?」
 違和感に視線を落とすと、刃が黒く変色していた。嫌な予感がして、そっと黒くなった部分に触れる。
「硬い……」
 刃の冷たさはなく、鋭さもない。まるで岩のようになってしまっている。幸いにも、まだ刃として使える部分が残っているが、いつもと違う重量に戸惑いが隠せない。さらに、剣がこのようになってしまった原因は、おそらくあの魔物の蔓から溢れていた青い液体だろう。
 チャンスは一度しかないと宣言されてしまったようなものだ。
 一度で、あの太い茎を断ち切らなければならない。剣の重みが心なしか増す。
「大丈夫。私にだって、誰かを守ることができる。あの人みたいに」
 深く息を吸い、ゆっくりと吐く。瞳は強い輝きを浮かべていた。
 力強く足を踏み出す。恐怖はあった。不安もあった。一撃で仕留める自信などなく、仮に仕留められたとしても、剣が使い物にならなくなることへの迷いもあった。それらすべてを小町は受け入れ、ただ真っ直ぐ魔物の茎を見つめる。
 柄を握る力を強くし、恐怖も不安も迷いもぶつけるために剣を振る。
 刃が食い込む感触に、小町は思わず口角を上げる。切れる。そう確信した。
「切れろおおお!」
 怒声と共に、剣が深く食い込む。青い液体が剣を濡らしていたが、もはやそんなことを気にしている場合ではない。
 繊維の一本一本を確実に断ち切っていく。頭上から魔物の叫び声が聞こえた。蔓が小町を狙おうとしているのもわかったが、それらは炎や石を防ぐ役割を放棄しきれていない。小町は逃げなかった。もはや意味の無い母音を口から吐き出し続け、力を込めて剣を動かすばかりだ。
 終わりは唐突にやってくる。
 今までの抵抗が嘘のように剣が軽くなった。小町が驚いて剣を見ると、それはすでに茎を通り抜けていた。
「あ……」
 上を見る。地との支えを失くした魔物は甲高い断末魔を上げ、小町とは反対側の地面へ向かって落ちている最中だ。
 呆然としているうちに、魔物は地につき、砂埃を巻き上げる。風と砂に目を細め、小町は手にしていた剣を落とす。やけに重い音がしたのは、使い物にならなくなった証だろう。
 よく見えない視界で、人影に気がついた。
「あれ? つば――」
「小町!」
「大丈夫か?」
 人影に声をかけようとしたところで、逆方向から声がかかった。
「え? あれ?」
「いたいた。返事くらいしなさいよ」
 砂埃が収まり、目の前にいる人物達の姿がはっきりと確認できる。
 少しばかり薄汚れてしまってはいるが、そこにいたのは椿と大空だ。目立った外傷もない。
 小町は後ろを見る。
「どうしたんだ?」
「誰かがいたような気がしたんだけど」
「誰かが?」
 大空は辺りを見回すが、人影は見当たらない。気配も感じない。
「気のせいだろ」
「そうそう。誰かいたら悲鳴の一つでもあげてるでしょ」
 そう言いながら、椿は息絶えた魔物を見る。改めて見てみると、魔物は大きい。小町の背丈ほどもある目玉など、近くで見たくないほどの迫力だ。
「証拠に花びらでも持ち帰るか」
 このことを報告するにも、何かしらの証拠がないと信用してもらえないだろう。大空が花びらに触れる。鋭くはあったが、触れれば切れるということはなかった。ただ、目玉と同じく花びらも大きい。持ち帰るのにも一苦労しそうだ。
「小町、花びらの根元を切ってくれ」
 引っ張ってみたが抜ける気配のないそれに、大空は小町に助けを求めた。
「あ、剣は……その……」
 地面に落ちている剣だった物体に目を向ける。もはや刃があったのかも確認できたいような塊に、大空と椿は目を丸くする。
「あの液体か?」
「たぶん」
「浴びなくてよかったわね」
 椿に言われ、小町はハッとする。
 刃を岩のように変えてしまうような液体を、この身に浴びていたらどうなっていただろうか。思いもしなかったことだが、言われてみればその可能性は十分にありえた。今さらながら身震いをした小町に大空は深いため息をつく。
「んじゃ、椿。この根元を切ってくれ。いいか。切るだけだぞ」
「わかってるって」
 魔法で花びらの根元を切る。わずかに燃えてしまった部分は、大空が慌てて砂をかけて鎮火させた。
「切るだけっつっただろ!」
「小町、明日は中央区でマーケットがあるらしいから、剣を探してみたら?」
 大空の怒声を無視して椿は言う。
 見たところ、小町が使っていた剣は砥ぎに出したところで元に戻るとは思えない。
「……そうだね。うん、明日行ってみる」
 月に一度、中央区で開かれるマーケットには様々な商品が出る。鍛冶屋も普段とは違う商品を出してくるので、金銭に余裕のあるものは業物を、そうでないものは価格は安いがそれに比例して出来も悪い品を買う。
「そうだ。二人も一緒に行かない?」
「それは嫌」
「嫌だ」
 こんなときばかり口を揃える二人だと、小町は眉を下げる。


 mission 8